2024年6月6日木曜日

「本当の安息」(日曜日のお話の要約)

聖餐式・聖霊降臨後第2主日礼拝(2024年6月2日)(緑)

申命記 5章12-15節(289) 

コリントの信徒への手紙Ⅱ 4章5-12節(329)

マルコによる福音書 2章23-3章6節(64)


 安息という言葉は、辞書的には「何の煩いもなく、くつろいで休むこと」と記されています。私たちにとっては「安息日」という表現でお馴染みです。「安息」という言葉は聖書のページをめくってすぐ、創世記2章3節に登場します。神様が天地創造の為に6日間働いて7日目に安息されたので、ご自身がその日を特別な日と定められたのです。


 またエジプトで奴隷の身分であったユダヤの民がエジプトを脱出した時、神様から十戒を授けらますが、申命記5章に「安息日を守ってこれを聖別せよ」と書かれています。続けて「6日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、7日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」とあります。奴隷や家畜も、持ち主の義務として休ませなければならない、と記されています。


 言うまでもなく、欧米文化の中で一週間に一日は休みを取るようになったのはここに由来しています。ちなみに、日本は明治になるまで一週間という考え方がなかったので、欧米とビジネスや外交をするのには非常に不便でした。そこで、明治9年になってようやく正式に日曜を休みと定めたのだそうです。しかし日本人の中に「神様を礼拝するための休み」という考え方はほとんどなく、レジャーや家族サービス、あるいはごろ寝の日として定着し、逆にクリスチャンが日曜日に礼拝に行くことを不思議がる人の方が多いようです。


 そんな経緯から、日本の真面目なクリスチャンの方々は、神様を礼拝しに教会に集まることを「義務」、「仕事」と捉える方もいるでしょう。教会ではさまざまな奉仕のお役目が忙しく、「神様のもとで、のんびりとリラックスする」とか「仲間と共に神様の憐れみを受ける」と捉えるのはなかなか難しいかもしれません。


 実はイエス様の時代も似たところがありました。本日のマルコ福音書をよく読みますと、二通りの捉え方が混在していることがわかります。


 ここに登場する律法学者たちは聖書に記されている律法を解釈し、民衆に教える専門家でしたが、常日頃からイエス様と弟子達と対立していました。それはイエス様が律法を守らないことで腹を立てているというよりも、イエス様たちの群れがあまりにも自由なので、目ざわりに思え、それが憎しみに変わってしまったのです。


 3章6節には、神様が与えてくださった「安息日」を巡って、「どのようにしてイエスを殺そうかと相談し始めた」とあります。これは彼らが「安息日」について拡大解釈を続けた結果、「安息日とはこうあるべし」という掟に自ら縛られてしまい、視野がも非常に狭くなっていたということなのでしょう。


 当時の人々から見ればイエス様の「安息日」に対する捉え方や振る舞いは非常に独特で、時に理解を超えるものでした。神様の一人子であるイエス様は、人間とは異なり、全てのしがらみから自由でしたから、律法をちまちまと解釈するのではなく、大きなスケールで神様の御心を知っておられましたから、弟子たちが麦の穂を摘んで小腹を満たすくらいのことで目くじらを立てたりはなさいません。礼拝に行く前に、大の大人が麦の穂を揉んで殻を取り去り、イエス様と一緒に歩きながら、つまみ食いするように楽しげに口に入れる、何だか平和で微笑ましい様子です。


 ユダヤの律法では、通りすがりに他の人の畑から麦の穂や果物などを少量いただくことは罪ではないことを律法学者たちも知っていました。しかしその行為が安息日であったため、「麦の穂を摘んで手で揉むのは脱穀で、労働である」と考えたのです。彼らは自分達の律法解釈が全て正しく、それに反するものは間違いである、と信じ込んでいました。同じ神様への信仰があるにもかかわらず、イエス様の御心とは完全にずれてしまっていたのです。


 いつも人の粗探しをしてピリピリし、これは正しいあれは間違いと指摘し続け、そんな自分達こそ偉い人だ立派な学者だと尊敬されるのを好む彼らが、礼拝のために安息日に会堂に集っても、ほんとうの魂の安らぎはありません。神様の御心とかけ離れてしまっているからです。


 マルコ福音書の3章ではイエス様が片手に障害のある人を癒されます。人々はイエス様を罠にかけるため、わざとこの人とイエス様を引き合わせたのです。もし何の業もしてはならないと定められた安息日にイエス様が苦しむ人を救うなら、それは正しい行いではない、という訳のわからない理屈なのです。


 しかしイエス様はが罠であることを知りつつも、晒し者にされている気の毒な人を放置することはなさいませんでした。イエス様はその人に「手を伸ばしなさい」と言われ、神様の御心に沿った正しい癒やしの業をなさったのです。そして障害を持った人をダシにしてまで自分を陥れようとした人々の頑なな心を悲しまれたのでした。


 先ほども申し上げましたが日本では、明治まで仕事の休みというものがなかったからか、今も安息を取るのが下手な民族だと言われています。教会に来ても、御言葉の中に慰めを見出すよりも、礼拝の後の奉仕の段取りにすっかり気を取られてしまうことも多いのです。


 私たちは、ただ教会に来ただけで心休まるわけではありません。礼拝を通して、イエス様の言われたことやなさったことを思い、我が身に置き換え、過去に何があろうとも、今日からはじまる一週間再び神様と共に生きられると感謝するのです。その時、おのずと「安息」が与えられるのです。「安息」とは、人が真摯にイエス様を思い起こし、学び、信じることであり、これを繰り返すことで、安息とは何かと身についてくるのです。


6月1日は恒例の土曜学校でした

模様のついた折り紙や曲がるストローを使って

傘を作りました

7月からは冷房のないこの場所で

土曜学校を開くのは難しいので

場所を移す予定です


会堂はリノベーションに伴って

少し小さくなるので

この礼拝堂でこんな感じで土曜学校を開くのは

最後になるかもしれません

楽しいにしてくれているお友達を

がっかりさせないように

頑張って続けていくつもりです


お知らせを送りますから、待っていてくださいね


みんなで記念撮影

今回の「よいお顔大賞」のMちゃんです

「神様の計画」(日曜日のお話の要約)

三位一体主日礼拝(聖霊降臨後第1主日)(2024年5月28日)(白)

イザヤ書 6章1-8節(1069) 

ローマの信徒への手紙 8章12-17節(284)

ヨハネによる福音書 3章1-17節(167)


 本日読みました旧約聖書のイザヤ書に「セラフィム」という名前の天使が登場します。6つの翼を持ち、一対の翼は顔を隠し、一対は足を覆い、残りの一対で飛び交っていた、とあります。セラフィムという名前は「火が盛んに燃える」という意味で、神への愛と情熱で体が燃えていることを表しています。炎の天使であるセラフィムがさらに炭火でイザヤに触れた、というのは、神様が預言者イザヤに神様への情熱をお与えにのだ、と受け取れます。


 イザヤ書を書いた預言者イザヤが活躍したのは紀元前8世紀ごろです。当時のユダヤの国は北と南に分かれていて、同じ民族でありながら緊張状態にありました。周辺諸国ともあまり良好な関係ではなく、北と南は同盟を組んだり戦ったりで、政治は全く安定しませんでした。そのような時に南王国の王様ウジヤが死んでしまったのです。ウジヤは非常に国を発展させた王様でしたから、民衆は不安でしかたなかったでしょう。このタイミングでイザヤは神様に見出され、御元に招かれます。そして神ご自身が、自らの思いを打ち明けられるのです。


 しかし、普通ユダヤ人は「神の存在を見たら命を失う」と教えられて育ちます。自分達人間は罪にまみれているので、聖なる神様の放つ光に耐えられない、という考え方が浸透していたのです。もちろんイザヤもそうでした。ですから「私は汚れた唇の民なのに神を見てしまったからもうだめだ、滅ぼされる」と言ったのです


 イザヤはそれまで不信心な生活をしていたわけではありませんでした。王宮に出入りし、高い教育を受けた教養ある人だったと推測できます。神の聖所で幻を見ていることから祭司だったのではないか、という説もあります。それでもイザヤは、自分には神様を見る資格もなければ、ましてや神様のみ言葉を人々に語るような人間ではないと思い込んでいました。そんな彼の考えを改めさせ、用いるために、神様は「セラフィム」に命じて彼の唇を清め、あなたの罪は赦された、と宣言されたのです。


 本人がいくら「自分はふさわしくない」と逃げ出そうとしても、神様の方が一度選んだ人を捉えて離さず、その人物をふさわしい器に作り替えることをなさってきたのです。


 神様のなさる事は数百年後のイエス様の時代になっても変わりませんでした。イエス様はご自分で一人一人弟子たちを招き、教え導かれました。彼らが社会的に見て何者であるかは関係なかったのです。


 さて、本日そんなイエス様と向き合ったのはニコデモという人物です。聖書にあるようにユダヤ人の議員で、ファリサイ派に所属し、豊かな聖書知識を持っていました。長年人々を導く教師として尊敬され、彼自身も自分は尊敬に値すると思ってきました。自分の人生に満足していたと言っても良いでしょう。しかし、年を重ねるにつれ、自分の信仰の在り方に確信が持てなくなって来たのです。


 自分の人生と聖書を照らし合わせると、神様の思いや計画に自分が沿っていないことがわかってきたのです。自分がしてきたことは、伝統にのっとって厳しく立ち振る舞っただけであって、神様の願われたことや、そのためのご計画をきちんと理解してやってきたのかといえばそうではない、頭では分かっているけどそれは結局理想論だ、と決めつけて諦め、否定する部分さえあったのです。


 イスラエルは常に大国の脅威にさらされていて、今もまたローマ帝国の支配の中にあり、ユダヤ社会の中にも身分格差がありました。ニコデモの同僚たちは、それも神様の計画の中にあることだ、と妥協しても、ニコデモはそう信じ込むことが出来なくなったのです。迷いに迷ったニコデモがイエス様の元を訪ねた時、イエス様から「本当に神様の道を知りたいなら、新たに生まれなければならない」と言われ、「年をとったものが、どうやったら母の胎内からやり直すことができるでしょうか」と、まるで売り言葉に買い言葉のようなセリフを言い放ったのは、彼の絶望の深さを物語っていたのかもしれません。


 しかしイエス様はニコデモ自信が自分の罪深さに絶望していること、神の御心を知ることのできないあがき、それらを全てご存じでした。だからこそ、聖書そのものを一言で表した御言葉、「神はその1人子を賜ったほどに、この世を愛された。一人子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである」という有名な御言葉がニコデモに向かって語られたのです。「あなたは神に愛されている」「そんなあなたのために私は死ぬのだ」この御言葉にはイエス様の深い愛と思いやりが込められています。しかしニコデモが「神の御子イエス様を信じることこそ新たに生まれ直すことなのだ」と理解するのはもう少し先のことでした。


 人間はどんなに正しく生きようとしても、完璧に正しいことを行える人はいません。自分は完全で神様の前にたっても恥ずかしいことは一つもない、と思っている人は、神様の目には単なる恥知らずに見えるのです。しかし自分が完全ではない、むしろ欠陥だらけで、これからの人生で取り返すことはもはやできない、と後悔に苦しむ人の心の傷にこそ、神様の愛が染み入っていく余地があるのです。


 私は強い人間だ、と思い込んで生きることより、自分の弱さを知るものこそ、神様に愛され、招かれていると知ることができるのです。遠い昔、預言者イザヤが、罪深い自分が神様を見たが故に滅びてしまうと思い恐れた時、そのイザヤの口に、セラフィムが炭火をあて、罪を清めた。それと同じことが起きるのですそれは21世紀の今も全く同じです。自分は完全でありえない、と苦しみ、悔い改める私たち一人一人だからこそ、神の使いとして役目を果たしていくことができるのです。

「聖霊が吹き込んだら」(日曜日のお話の要約)

聖霊降臨祭・聖餐式(赤) (2024年5月19日)

使徒言行録 2:1-21


 風には色も形もありませんが、何かが動くのを見たり、ほっぺたにフワッと当たったり、何か良い香りが運ばれてきたりして、風が吹いていることがわかります。今日は聖霊降臨祭という教会の大切な記念日です。これは聖霊という神様がイエス様と交代して私たちのところに来てくださったことをお祝いする日ですが、この神様は目に見えない不思議な方なので、聖書の中ではよく風に喩えられるのです。それで今日のお話のタイトルは「聖霊が吹き込んだら」としました。聖霊という神様が風のように優しく、時には激しく私たちの心に吹き込んできたらどうなるでしょう。今日はそのお話をしたいと思います。


 その前に、ちょっとおさらいをして、イースターのことを思い出しましょう。イエス様は十字架にかかる前の日、弟子たちと一緒に晩御飯を食べました。イエス様は、明日十字架にかかって死ぬ、とわかっていたので、弟子たちにいろんなことをお話ししておきたかったのです。


 イエス様は自分が死んでお墓に葬られても、三日後に蘇ってもう一度弟子たちのところに帰ってくることを知っていました。でも弟子たちはショックを受けるだろうと考えて、こうおっしゃいました。「わたしは、あなたがたをみなしごに はしておかない。あたながたのところに戻って来る。」この「みなしご」というのはお父さんもお母さんもいない、ひとりぼっちの寂しい子どものことです。イエス様はあなたたちにそんな思いはさせない、と言われたのです。


 それからこうもおっしゃいました。「父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなた方に全てのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」つまりイエス様が天国に帰っても、その代わりにイエス様と同じ力を持っている聖霊という名前の神様が来てくれて、あなたたちを見守り、助けてくださると約束されたのです。


 そんなふうにイエス様は一生懸命お話ししてくださったのですが、弟子たちはそれをほとんど理解できませんでした。なぜなら弟子たちは今までイエス様から何度も何度も「私は十字架にかかって死ぬけれど三日目に蘇る」と聞かされたのに、そんなことはあり得ないと思っていたのです。復活すると言われても何のことかわかっていなかったので、本当にイエス様が十字架にかかったときには、自分達も死刑になるかもしれない、と思って怖がって隠れてしまったのです。


 でも三日目にイエス様が蘇って帰ってきてくださったので、心の鈍かった弟子たちも「これが復活ということか!」とやっとわかりました。ただ、それでめでたしめでたし、ではありませんでした。復活から40日経った時、イエス様は天国に帰ることになったのです。イエス様は弟子たちを丘の上に集め、みんなの見ている前でゆっくりと、天に昇って行かれました。弟子たちはイエス様が雲に隠れて見えなくなっても、いつまでも天を見つめていました。 


 それからまた何日か過ぎました。イエス様が約束してくださった聖霊という神様はいつ来てくださるのか分かりませんでしたが、イエス様が嘘をつくわけがないので、お言葉を信じ、励ましあいながら、毎日一緒に集まってお祈りをしました。ここまでが先週のお話でした。そしてイエス様が天に帰られてから10日が過ぎて、ついにその時が来たのです。


 聖書にはこう書いてあります。「一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いてくるような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。」この不思議な炎のようなお姿こそ、聖霊という神様だったのです。


 聖霊様はすぐに目には見えなくなりましたが、どうやら一人一人の心の中にすうっと入って、特別な力をくださったようでした。なぜなら、そこにいた人々は「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」、つまり外国の言葉で喋り始めたからです。もし、聖霊のお力で勉強しなくても外国語が話せるようになったら便利ですね。でも聖書には、弟子たちが外国語を話せるようになったのは「神様がどんなにすごいか」を世界中の人に伝えるためだった、と書かれています。だから自分が外国旅行するのに便利だから今すぐ外国語が喋れるようにしてください、とお祈りしてもだめなようです。


 ただ、よくよく聖書を読んでみると、聖霊様がこの時いろんな国の言葉を喋れるようにしてくれたのには訳があったことがわかります。「神様が私たちを愛していることを外国の人にも話したい」「イエス様は神様だということを、もっとたくさんの人に伝えたい」という弟子たちのお願いを叶えるため、力を下さったのです。


 聖霊様は目には見えないけれど、海の上をいつも吹いている風のように、私たちの心に優しい波を起こしてくださいます。「聖霊様、イエス様のことをお友達にちゃんと話したいので、力をください」とお祈りするなら、必ずあなたの心の中に吹き込んでくださいます。イエス様のお話を友達にする勇気がないなあと思う時、聖霊様は勇気の出る風で後押ししてくれます。仲良しを教会に誘いたいけどうまく言えなかった、と思う時は、優しい風で慰めてくださるのです。聖霊様はイエス様のことを伝えようとする私たちの味方をしてくださる力強い神様なのです。


 最後になりますが、聖霊降臨祭のことをペンテコステとも言います。これは50という意味で、イエス様が復活してから聖霊様が来られるまでの日数を表しています。2000年前のペンテコステの日、聖霊様の力によってイエス様を信じる人たちはどんどん増えて、大きなグループとなりました。それが今、世界中にある教会や私たちのルーテル教会の元となったのです。ですからペンテコステは教会の誕生日とも言われています。どうぞそれを覚えていてください。 

「イエス様、天に帰られる」(日曜日のお話の要約)

主の昇天主日礼拝(2024年5月12日)(白)

使徒言行録1章1~11節(213) 

エフェソの信徒への手紙1章15~23節(352)

ルカによる福音書24章44~53節(161)


 イエス様が十字架にかかった直後、弟子たちはイエス様を死刑にした権力者達を恐れ、仲間の家に閉じこもって鍵をかけていました。そこにへ突然、蘇ったイエス様が会いに来てくださったのです。怯えた弟子たちにイエス様は変わらない態度で接してくださり、弟子たちの心は開かれ、復活の出来事を受け入れたのでした。


 イエス様はそれ以降、使徒言行録に書かれているように、40日にわたって神の国について人々に教えらます。しかしそれはイエス様が天に帰られるまでの短い間の出来事で、再び別れの時がやってきます。父なる神が乙女マリアに託され、ベツレヘムに生まれたイエス様は、ご自分のなすべきことを全て成し遂げ、父なる神の御元に戻られるのです。イエス様の人としての地上生涯は終わろうとしていました。


 人々はエルサレム郊外のベタニアに集められ、今まさにお別れの時を迎えていました。そのような時に弟子たちがイエス様に投げかけた問いは「主よ、イスラエルのために国を立て直してくださるのは、この時ですか」というものでした。この時になっても、弟子たちはイエス様の目的を勘違いしたままでした。


 イエス様の時代から1000年前、イスラエルは王国として建国され、二代めのダビデ王が周辺の国々を制圧し、息子のソロモン王が神殿を建てました。そのわずか80年が、イスラエルの歴史の中で最も輝いた時代でした。イスラエルの人々はいつの時代も「ダビデ王」のように神に愛された力強いカリスマ指導者が現れることを望み、「ダビデの時代」のように、強い王国を取り戻すことを望みました。


 この考え方は現代のイスラエルの中にも根深くあるのでしょう。イスラエルが今の土地にこだわり続け、さまざまな紛争のもとになってきたのも、この思想が根底にあるから、と言えるかもしれません。


 この当時のイエス様の弟子たちもまた同じ望みを抱き、イエス様ならローマ帝国を追い出して王となり、イスラエルを地上における「神の国」としてくださると信じていたのです。この勘違いが、結局イエス様を十字架にかけることに結びついたというのに、弟子たちは本質的なところがまだわかっていませんでした。


 しかしイエス様はそんな弟子たちを責めようとはなさいませんでした。イエス様は「あなたたちの力はイスラエルという地域に限定されるものではない」と言われます。「あなたたちのやることはイスラエルの立て直しではなく、地の果てまで、世界中の人々にイエス様の愛を伝え、神の国に導くことなのだ」と言われたのです。そう話し終えられると、イエス様は弟子たちを残して、天に上げられます。この時の弟子たちはまだ「古いイスラエル」の考え方を引きずっていました。彼らがイエス様の真意を悟り、世界中の人々と平和な関係を築くことを祈り、宣教する「新しいイスラエル人」に生まれ変わるまで、もう少し時間が必要だったのです。


 ところで、本日読みましたルカ福音書の終わりと使徒言行録の始まりは重複しています。どちらも著者はルカで、ルカ福音書を第一巻、使徒言行録を第二巻として書き表し、テオフィロという身分の高い外国人に献上したのです。ルカ自身もユダヤ人ではありません。ルカ福音書と使徒言行録の存在そのものが、すでにキリスト教が国境も民族も超えて広がり始めていたことの証しだと言えるでしょう。


 使徒言行録にはイエスの昇天が本当に起こった出来事としてリアルに描かれています。イエスは人々の見ている前でゆっくりと地面から離れ、天に昇り始めます。弟子たちは、心が引き裂かれるほどに寂しい思いをしたことでしょう。イエス様が雲に隠れて見えなくなっても、いつまでも天を見つめていると御使いが声をかけます。「なぜ天を見上げて立っているのか。あなた方から離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」


 御使いは、イエス様は再び戻ってこられる、と約束します。イエス様が再び地上に来られることを「再臨」と呼びます。これについては別の機会に詳しくお話しすることにして、イエス様は戻ってくるまでの間、ご自分に代わる存在が来られると約束してくださったことに注目しましょう。


 ヨハネ福音書の14章18節には「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あたながたのところに戻って来る。」と言われました。また同じく26節では「父が私の名によってお遣わしになる聖霊が、あなた方に全てのことを教え、私が話したことをことごとく思い起こさせてくださる。」ともおっしゃいます。


 つまり、ご自身がいつ戻ってくるかは明かせないが、あなたたちはもう私のものなのだから、一人ぼっちにすることは絶対にない、聖霊という神様は私と同等の力を持ち、この方といることは私といることと同じなのだ、と約束してくださるのです。その聖霊が送られたのが昇天日から10日後、聖霊降臨日の出来事となのです。聖霊なる神は目に見えなくとも、信仰を持つ人、一人一人と共にいてくださることを心に刻んでおきましょう。


 イエス様が肉体を持って地上におられた時は、「イエス様はどこ?」と尋ねられて、人々は「ガリラヤにいます」「エルサレムにいます」と具体的な場所を言いました、天に帰られた今は場所に縛られることなく、どこにでも、そして私たち一人ひとりと共におられるのです。神様はどこにおられるのか、イエス様は本当に私たちの祈りに耳を傾けてくださっているのか、と思うこともあるでしょう。しかしイエス様はどこ?と聞かれれて、「今ここに、私と共に」と答えことができる喜びを、私たち一人ひとりが持っているのです。イエス様はわたしたちから遠く離れ去ってしまったのではなく、いつも共におられると信じ、さらに祈りを熱くしてまいりましょう。  

2024年5月5日日曜日

「イエス様は友だち」(日曜日のお話の要約)

復活節第5主日礼拝(2024年5月5日)(白)

使徒言行録10章44~48節(228) 

ヨハネの手紙Ⅰ5章1~6節(445)

ヨハネによる福音書15章1~6節(198)


 聖書に描かれているイエス様は、徴税人たちと酒を酌み交わすようなざっくばらんな一面があり、子どもにも好かれ、一緒に過ごして楽しい、というイメージがあるので、今回あえて「友だち」という言葉を使いました。今日の聖書箇所「わたしはあなたがたを友と呼ぶ」というところも、「わたしはあなたがたを友達と呼ぶ」と言い換えてみると、イエス様との距離がグッと近くなるように思えます。


 ここでイエス様が用いられた「友達」という言葉は、ギリシャ語ではフィロスという単語が使われています。これには、「親しい」とか「仲間」とか「味方」「忠実な者」という意味があります。


 イエス様のお話には、二つのものを対比させる例えがよく出てきます。今回何と何が対比されているかというと、「友」という言葉と「僕」という言葉です。15節には「もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ」とある通りです。


 イエス様がここで使われた「僕」というギリシア語は「ドゥーロス」で、「奴隷」という意味があります。イエス様の時代、奴隷制はローマの支配する地域全体で一般的に行われていました。奴隷は金銭で売り買いされ、買い取られた主人の命令に従い、それを忠実に行なって当たり前の立場でした。命令をきちんと実行できないと、罰を受けます。能力が高ければ高く評価され、さまざまな仕事を任されますが、仕事ができないとあっという間にクビにされ、命の危険さえありました。


 しかしこれに対して、友達というのは能力で決めるものではありません。何かをきっかけに出会った者同士が、苦楽を共にするうちに、さまざまなことを語り合える関係が出来上がっていく、それを友達と呼ぶのだと思います。


 この最後の晩餐の夜、イエス様は、翌日には十字架にかかるという追い詰められた精神状態の中で、弟子たちに向かって「あなた方は私の友達だ、忠実な仲間だ」と言われたのです。


 イエス様はこの後に起こることの全てをご存知です。ゲツセマネで血の汗を流して辛い祈りを捧げている時に、一緒に行った弟子たちが寝てしまったり。一番弟子を自負していたペトロが大祭司の僕に「お前、あの男の弟子だろう」と問い詰められ「あんな男は知らない」と否定したり。イエス様が十字架に付けられたとき、弟子たちのほとんどが逃げ去り、権力者を恐れて隠れてしまったり。復活の朝も、女性の弟子たちからイエス様が蘇ったと聞かされても信じようとしなかったり。彼らのどこが「忠実な友達」と言えるのか、と思うようなことが次々と起こるのです。それでもなお彼らのことを「友達」と言ってくださるのです。


 イエス様が弟子たちを教え導いたのはご自分の命令を守らせるロボットのような存在を作るためではありません。イエス様の父である神様がどれほど人々を愛し、どれほどの犠牲を払おうとなさっているかを正しく伝え、弟子たちが命令されずとも自分の意志で喜んで神様に従う、そんな人々を育てようとなさったのです。


 イエス様の弟子たちは漁師であったり徴税人であったり、バラバラです。そんな彼らがイエス様の弟子となった理由は神様とイエス様しかわかりません。ヨハネ福音書6章37節でイエス様は「父がわたしに与えて下さる者は皆、わたしに来るであろう。そして、わたしに来る者を決して拒みはしない。」と語られています。これは神様がイエス様のために前もって弟子を選んでおく」という意味に取れます。


 また、本日の聖書箇所の16節でイエス様が「あなたがたが私を選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」とおっしゃるのは、弟子たちが自分でイエス様の元にやってきたように見えて、実はイエス様が彼らを選んだのが先だった、という意味です。弟子たちがイエス様と出会う以前から、神様とイエス様に選ばれた存在だったのです。そして、イエス様もまた彼らが何者であるかに関係なく、心と心を通じ合わせる関係になることを望んでおられたのです。


 ご自分が間も無く十字架にかかろうとしているこの夜も、イエス様は弟子たちを丸ごと受け入れて、大切なものを見つめる眼差しを向けてくださっていました。そしてイエス様は未来の弟子たちの姿も同時に見ておられたのです。ご自分が苦難を耐え忍んで、十字架で命を落とし、蘇る時、彼らは神様の偉大さと愛の深さを知り、その信仰は再び成長を始めることをご存じで、その姿を見ておられたのです。


 イエス様は彼ら最初の弟子たちがご自分の教えを携えて広い社会に出ていき、神様の愛を伝え、ご自分の教えを広め、さらに多くの弟子たちを生み出す日が来ることを知っておられたのです。そのためにあなた方を任命したのだ、とおっしゃるのです。


 今、私たちが知っておくべきことは、イエス様に友と呼ばれた最初の弟子たちが次の世代へ次の世代へと信仰をバトンし、2000年の時間をかけて、イエス様の福音を私たちのところまで届けてくれた、ということです。そしてそのメッセージには13節の「友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」という深く大きな愛がくっきりと刻まれているのです。


 私たちは今一度素直な心になって、イエス様のこのメッセージを受け取りましょう。イエス様は2000年前の弟子から今に至るまで、少しも変わらず、私たちの友達なのだと、心に刻みましょう。そして最初にご紹介した歌の言葉を借りるなら、礼拝の場とはまさにイエス様を中心とした「チーム友達」の集う場所なのだと信じて参りましょう。


幼稚園の園舎の工事は順調に進んでいます

この調子なら、予定通り9月ごろには

既存の建物を解体する段取りになりそうです

その時、礼拝堂は幼稚園と切り離し

独立した建物として耐震補強をすることになりました

詳しい経緯をお知りになりたい方は

ここにUPしたトピックスをお読みいただければと思います