2026年9月6日日曜日

「教会に託された愛」(日曜日のお話の要約)

聖霊降臨後第15主日礼拝(2026年9月6日)(緑)

エゼキエル書 33:7~11 (旧1350)   ローマ 13:8~14 (新293) 

マタイによる福音書18:15~20(新35)


 本日の福音書は「兄弟の忠告」という小見出しが付けられています。イエス様は将来キリスト教会の中で頻繁に起きる様々な問題を解決するために、前もってご自分の弟子たちにお話しされています。


 イエス様のお言葉の根底には神様の愛があるのはいうまでもなく、先に読んでいただいだ旧約聖書のエゼキエル書にも、人間に対する神様の愛が、高い倫理観を持って記されています。かいつまんで言いますと、「神様に選ばれた人には、神様が悪と定めた人に警告する義務がある」ということです。


 もしあなたが神様から委ねられていながら、その悪人に何の警告も発しないまま放置し、結果的にその悪人が死んだなら、その責任は忠告しなかったあなたにある、というのです。逆にもし悪人が警告を無視して死んでしまった場合は、あなたには責任はない、とも書かれています。本日はこの御言葉を心に留めながらイエス様のお言葉を改めて見てみましょう。


 イエス様は「兄弟があなたに対して罪を犯したなら」と語り始めます。この「兄弟」とはもちろん、教会の仲間という意味です。


 間にかトラブルが起きた場合、陰口や噂話を広めるのではなく、当事者同士で静かに話し合い、解決できなければ証人を連れていき、教会に相談するなど、段階を踏むことの大切さを教えておられます。


 マタイ福音書は、ユダヤ人でありながら徴税人に身を落としたマタイが記録した福音書です。罪人であった自分を神様の元に連れ戻してくださったイエス様の愛の深さは人一倍知っていました。そんなマタイが「何度警告しても神の愛を忠告を受け入れない人間は、徴税人と同様に扱いなさい」というのです。その言葉の裏には「自分のような者を救ってくださった神様の愛がその人に伝わるなら、きっと更生できる」という思いがあったことでしょう。


 イエス様が天に帰られてしばらく後、マタイは教会の指導者の一人となります。その頃にはユダヤ教からキリスト教に移ろうとする人々がたくさんいました。また地道な宣教活動により、外国出身のクリスチャンも増えていきました。それは喜ばしいことでしたが、同時に教会で共に過ごすうち、お互いに、常識だ、当たり前の行動だ、と思うことが違うことが見えてきました。


 例えば、ユダヤの人々にとっては、以前は律法を守ることは義務でしかなかったものが、イエス様の新しい教えを学ぶことで、律法の奥深さを知ります。そこで、異邦人にも立法を守ってもらいたいという熱意が強くなっていきます。


 それが先ほど読んでいただいたローマ信徒への手紙にあるような、盗むな殺すな浮気するな、といった倫理的な教えであれば、文化の違いがあっても共感も得やすかったでしょう。しかし例えば「豚肉は汚れているから食べてはいけない」と言った教えとなると、外国人クリスチャンは、そんなことを守る必要があるのか、とイラついたはずです。


 異邦人クリスチャン達は、イエス様の愛の教えに打たれて洗礼を受けました。彼らの中には奴隷出身者や無学なものもいましたから、ユダヤ人クリスチャンが知識や歴史を自慢して自分達を見下しているように思えたかもしれません。この二つのタイプの人間が教会の中にいたなら、揉め事が起きないはずはないでしょう。


 しかしイエス様は排他的な気質をもっているユダヤ人に繰り返し、関わりを持つように、と勧められます。イエス様のお言葉には、罪を犯した人があなたを通して再び神様とのつながりを得られるように、との願いが込められているのです。つまりこれはキリスト教会の始まりの人間関係の繋がりを示している箇所なのです。


 ちなみに先ほどのローマ書の少し後には「信仰の弱い人を受け入れなさい」という御言葉があります。ローマ書はマタイ福音書よりも先に書かれています。この二つの聖書箇所を同時に読む時、この教えを持って教会が成り立ち、発展していったことがよくわかるのです。

 飯田ルーテル教会の始まりも、最初からスムーズに伝道が進んだわけではありません。かつては遊郭のあった町ですから、記録によれば、やくざが日本刀を持って怒鳴り込んできたり、病気の女の人をも搾取しようとする悪人もたくさんいる中での宣教であり、恐れをなして教会を離れた人々もいたと思います。


 そのような環境で、はるばるフィンランドから来日した女性宣教師達は毅然とした態度で働き続けました。全ての女性の尊厳を守ることを、宣教の軸にすえ、迷える女性を救う嘔吐した彼女達は、ヤクザだけでなく町の有力者から嫌がらせを受けても決して諦めなかったのです。


 こうした人道的な働きは、やがて、人々の心を変えてゆきます。最初は、町の発展の為には歓楽街もいたしかたないとしていた有力者が、義勇団として、フィンランドの女性宣教師の教えに従い、キリスト者として生きる決意をし、その数は200人はいたと聞きます。


 今、私たちの周りには極悪人もいない代わりに強い正義感を抱く人も見当たらないように思えます。教会に集う方々も、なんとなく今が幸せなので、教会であえて考え方の違う人たちと苦労しようとも思わないのかもしれません。ただ、そのような態度を取り続けるならフィンランドの女性宣教師が命がけで開いた幼児教育事業は、看板だけ、建前だけとなり、身内から崩れることも知っておきましょう。


 日本のキリスト教は存続の岐路に立っていると言われますが、岐路に立っているのはキリスト教ではなくて、私たち自身なのです。何事も他人事、他人任せで、少し離れたところから眺めて生きるのは楽ですが、神様のみもとで生き、宣教のために苦しみがあっても、そこに本当に生きる意味があるのです。


 それこそがイエス様が味合われた苦しみでもあります。私たちはイエス様から託された愛をもち、それをバトンしていくことへ強い自覚を持って、諦めずに宣教の業を勤しんで参りましょう。



この数ヶ月、地震や水害が日本だけでなく世界各国で続いています

あまりの悲惨さに、どこにどう支援したらいいのか分からなくて、混乱してしまいます。みなさんはいかがですか?

この夏休み、ルーテルキッズバンドのメンバーは「こども讃美歌」に収録されている「コスレボナヨ」がお気に入りでした。これはネパール語の讃美歌なのです。子どもたちはネパールがどこにあるのか、どんな国なのか説明してもあまり興味を持てなかったようで、ただただコスレボナヨ フルハルライ」と大声で楽しそうに歌っていました。

ネパールで大水害が起こった後、練習の中でネパールの人たちを覚えて皆で祈りました。

さまざまな被災地に目を向けるようにとの神様のお導きなのかもしれません。

これからも子ども達と共に祈り続けていきます。


ネパールの国旗
三角形を二つ重ねた国旗はとても珍しいですね
ヒマラヤ山脈の山並みや、ネパールの二大宗教を表しているそうです


2026年8月30日日曜日

「十字架の愛」 (日曜日のお話の要約)

聖霊降臨後第13主日礼拝(2026年8月30日)(緑)

エレミヤ書 15:15~21 (旧1206)   ローマ 12:9~12 (新292) 

マタイによる福音書16:21~28(新32)


 知らない町を歩くとき、たまに中世の教会を模したような、豪華な教会を見かけます。しかしそういう建物はかなりの確率で結婚式場です。こういう建物にどんな気持で十字架を掲げるのか、眺めていて不思議な気持ちになることがあります。


 キリスト教は最初のうちローマ皇帝から迫害されたため、目立たないよう地下で礼拝を行い、建物自体ありませんでしたし、十字架刑という処刑の象徴をわざわざシンボルに据えることはなかったはずです。むしろクリスチャンの証としては、こっそり地面に魚や羊の簡単な模様を書いてお互いがクリスチャンであることを確認しあったり、キリストの集会に集うものであることを示したようです。


 クリスチャンは祖国イスラエルでも、ローマでも、迫害される立場でしたが、イエス様に従って生きることを常に意識し、倫理観や人間性を磨いていたので、次第に周囲の人々を惹きつけるようになり、いつの間にかキリスト者の生き方を受け入れる人々は無視できない数に膨れ上がっていきました。


 その影響は、ローマ皇帝にまで及び、4世紀初め、コンスタンティヌス1世が天空に輝く十字架の幻を見て、十字架を掲げて戦をすれば勝てるお告げだと考え、軍旗や兵士の盾に十字架を刻んで戦ったら本当に勝利してしまいました。


 この劇的な勝利と奇跡の体験をきっかけに、コンスタンティヌス1世はキリスト教を受け入れ、313年にキリスト教を公認する法令、ミラノを発布し長い迫害の時代は終わり、380年にはキリスト教がローマ帝国の国教となりました。


 また、コンスタンティヌス1世の母ヘレナがエルサレムを訪れた際、「イエスの本物の十字架」を見つけたというニュースがローマ中を駆け巡り、本物の十字架とされる木片が細かく分割され、ヨーロッパや中東の教会に配られました。貴族や熱心な信者は、この木片を入れた小さなペンダントを首から下げるようになり、これが現在の「十字架ネックレス」の遠いルーツとなったようです。


 5世紀くらいになると、金や宝石をちりばめた美しい「装飾的十字架」が生まれ、十字架が装飾品としても定着していったようです。


 しかし、15世紀、宗教改革が始まると、あまりにも華美なものや、イエス様の像をあしらったものは、聖書を基盤とした信仰にそぐわないと考えられるようになり、十字架のデザインもシンプルなものになっていきました。が、十字架はキリスト教の不変のシンボルとなって定着し、教会堂の屋根に十字架が掲げられたり、十字架をあしらった塔が建設されるのは普通のこととなりました。


 時代が移り、近年になると、十字架がファッションに積極的に取り入れられるようになり、パンクロックやゴシックファッションなど、宗教とは無関係に用いられるようになり、単なるお守りのような感覚で身いつける人も多くなって現在に至っています。こうして十字架のイメージは一人歩きするようになりました。


 では、本来十字架が象徴している「救い主」への思いはどうなのでしょうか。これも実は残念ながら移ろいやすいもののようです。


 前回、ペトロがイエス様に向かって「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白したお話をしました。この時ペトロはイエス様が自分を救ってくださる、神様から遣わされた尊い方だと心から信じてこの言葉を発します。そしてこの言葉に偽りがなかったからこそ、イエス様は大いに喜ばれたのです。


 しかしそれからあまり時間が経たないうちにペトロはイエス様から「サタン、引き下がれ」と言われてしまうのです。この時イエス様は、ご自分がいずれ祭司長や律法学者たちに捉えられ、十字架にかかって殺されるが、三日目に復活すると初めて弟子たちに打ち明けれました。それは弟子たちを信頼してのことでしたが、非常に衝撃的だったため、ペトロは思わず叱るような口調で「そんなことがあってはなりません」と言ったのです。


 ペトロはイエス様が苦しんだり死んだりしなくても、メシアとして栄光や成功を掴めるはずだと思っていました。強い思い込みがあったので、イエス様の言葉の意味や神様のご計画を理解しようとはしなかったのです。この態度はイエス様の御心に叶いませんでした。イエス様はペトロに間違いを気づかさせるために「引き下がれサタン」と言われたのです。篤い信仰を持っていたはずのペトロさえも気づかないほどに、サタンの誘惑は忍び寄ってくるのです。


 これは私たちにも同じことが言えます。誰でも、洗礼を受けるときには自分がイエス様に救われた感謝や喜びがあったはずです。イエス様に導かれ、クリスチャンとして誠実に生きた結果として、社会的な地位や成功を得る人もいるでしょう。しかし一度この世の幸せを手に入れてしまうと、それを守ろうとするあまり、今度はクリスチャンでない人々の目を気にして、信仰的な行動が取れなくなってしまう。それが人間の弱さなのです。


 イエス様から「あなたの信仰の上にキリストの教会を立てる」と祝福されたかと思えば「引き下がれサタン」と叱責されてしまうペトロの出来事を通して、私たちが、どれほどキリストの愛から離れやすい存在であるかを自覚し、この叱責を自分に向けられたものとしてしっかりと受け止め続ける必要があります。


繰り返しになりますが「十字架」は、現代ではアクセサリーや様々なデザインのモチーフの一つで、元々は大罪を犯した者がかけられた死刑の道具です。イエス様は政府に対する反逆罪として、ローマとイスラエル両方に死刑宣告をされ、十字架にかかりました。しかし、それはやがて私たちの罪の為にイエス様が十字架に掛かり、死んで、償ってくださったのだと信じられるようになりました。そして、それは私たち一人一人を愛しているから、と理解するようになりました。イエス様の行いは自己犠牲と呼ばれるようになりました。


自己犠牲の生き方は、キリスト教の特長的な生き方ですが、なかなか実行できないでしょう。貧しい人や、虐げられた人、困難の中にある人に対し、誰の善意に便乗し、自分が困らない程度に手を差し伸べることは比較的簡単です。しかし、自ら率先して困難の中にある人々と共に歩み、周囲から誤解されても耐え忍び、何を失ってもこれは神様から与えられた使命なのだという信念を持って続けていく、これは非常に難しい生き方です。


しかしそのような心を抱いて生きる人が一つの所に集まる場所、それが教会が教会の始まりであり、わたしたちが受け継いでゆく信仰なのです。


私たちは今、災害や戦争、痛みや悲しみの中にある人々に囲まれるように生活しています。いつ自分の日常が破壊されるかわからず、閉塞感や無力感に苛まれ、未来が見えなくなります。悲惨な情報から目を背けて楽しいことで気を紛らわしたり、無関心に走りたくなることもあります。


それでも、こんな時代だからこそ、イエス様から十字架の愛を受けた私たちは心に十字架を刻みつけ、恥じることなく心のうちにそれを掲げ、前を向いて共に生きてまいりましょう。


9月12日に実施する土曜学校の
お知らせポスターができました
工作はゼリーカップのカメさん

「これ、受けるかなあ」とサンプルを作りつつも
何やら心配でしたが、眺めているうちに
間の抜けた顔がちょっと可愛く見えてきて
子どもたちがどんなカメさんを作ってくれるか
楽しみになりました

2026年8月23日日曜日

「キリストの教会」(日曜日のお話の要約)

聖霊降臨後第13主日礼拝(2026年8月23日)(緑)

イザヤ書 51:1~6 (旧1146)   ローマ 12:1~8 (新291) 

マタイによる福音書16:13~20(新31)


 みなさんは「あなたは何者ですか?」と尋ねられたことがあるでしょうか。本日の福音書には、イエス様が弟子たちに「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」とお尋ねになったと書かれています。


 まずここには、私たちにあまり馴染みのない「人の子」という表現が出てきます。旧約聖書の詩篇では「朽ちゆく、弱い人間」を意味する言葉として使われましたが、同じ旧約聖書のダニエル書では「神から絶対的な支配権を授かった存在」と記されます。


 一方、新約聖書の福音書ではイエスが自分のことを語るときに好んで使われました。それはイエス様が神様でありながら、私たちと同じ痛みや弱さを持つ「本当の人間」なのだ、ということを表す言葉です。


 同じ「人の子」という言葉でもかなり解釈の幅がありますので、混乱しないように丁寧に見てまいりましょう。


 本日イエス様が尋ねられた場所、フィリポ・カイザリヤはガリラヤ湖よりさらに北、ヘロデ大王の息子のフィリポが町を拡大し、フィリポ・カイサリアと名づけます。ローマ皇帝・つまりカエサルと領主フィリポの名前をくっつけて街の名前にしたのです。いわば、当時のイスラエルで絶対的な権力を負っている人間の名前をつなげたわけです。


 ですからこの町で「人の子のことを何者だと言っているか」と問われた時、ダニエル書の解釈を適応するならこの街で絶対的な権力を持っているのは誰か、という問いとなり、答えは「皇帝」です。しかし、イエス様の前でそれは言えません。ですから、取り繕うかのように、ヘロデによって殺されたバプテスマのヨハネを言ってみたり、イスラエルの英雄的預言者エリヤを持ち出して見たりしたのでしょう。


 「世の中は間違っている、けれども自分達ではどうにもならない」と、イエス様から怒られないように言ってみた、というような発言でもあります。そして、自分の意見ではなく、「誰かがそう言っています」と無責任な発言をしました。


 ろくでもない支配者に振り回され続け、私の人生何だったのかと嘆いて一生を終える。神様は、つまりイエス様は、この地の誰一人そのような生涯を送って欲しいとは思っておられません。


 神様を信じ、感謝を持って神様の導きや促しに従って、神様のお手伝いをしていく人生になって欲しいと願っておられます。そのために、本当にこの世界の支配しておられるのは神であることを伝えようとなさったのです。


 だからこそ「誰かがそう言っています」的なあやふやな意見ではなく、「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と切り出したのです。おそらく、ここで弟子達の長い沈黙があったと思います。


 そんな沈黙を破ったのはシモン・ペトロ、つまりイエス様の一番弟子であるペトロでした。彼は「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えたのです。


 「メシア」とは「救い主」という意味です。メシアは私に人生を教えてくださり、共に生きるとはどういうことかを分からせてくださり、私の人生が権力者に振り回されないよう、手を差し伸べてくださる方。それがあなただ、と告白したのです。


 目の前にいるあなたこそ、世の救い主であると同時に、私の救い主であること、伝説や過去の英雄ではない、生きている神様です、と面と向かって伝えたのです。


 その心を聞いたイエス様は、さぞ喜ばれたことでしょう。その喜びが「あなたは幸いだ」という言葉に表れています。ペトロは元々シモン・バルヨナという名前でした。しかしこの時イエス様から「ペトロ」「岩」という名前を与えられたのです。


 イエス様はさらに続けられます。「私はこの岩の上に教会を建てる」これは「わたしはあなたの言葉の故に、わたしの教会をあなたの心意気の上に建て、不動のものとする」。これくらいの勢いのある言葉なのです。


 昔から、「教会は建物ではない」とは言われています。しかし多くの方は、ぼんやりとしか把握していません。それをなんとか取り繕おうと、「信仰」のあるところ、と言ったりしますが、実際には、自分が気が向いた時に聖書を読んだりお祈りをしたりしに行く場所の一つくらいに考えているのです。


 信仰は自由だという言葉にひっぱられて、行くも行かないも自分の自由と捉えているかも知れません。けれども、教会を教会にするには心意気が必要です。損も得もない、私は神様のためにこうしたいのだという思いから始まり、その思いが、イエス様の思いと共鳴したところに、キリストの教会が、実現すると、イエス様は言われたのです。


 私たちは、イエス様を神様だと知り、信仰告白して洗礼を受けました。その時に与えられた、救い主を信じてついていこうという心意気が、キリストの教会を教会として打ち立てるものなのです。私たち弟子たちの活発なやり取りが、命を与えるのです。それが「生きる教会」なのです。


 「生きる教会」とは、そして生きるとは、うれしいことや楽しいことばかりではありません。つらいことや苦しいこと、悲しいこと、失望して打ちのめされることもあります。そうしたことを共に乗り越えて、生きてて良かったと、共に思える場所のことです。


 どんな時も互いに見栄を張ったり取り繕ったりせず、共に歩みだす心がある。「キリストの教会」は、そうした心をもった集まりなのです。そして、私たちもその一人一人なのです。


 今は、キリストのそうした心を無駄だと言わんばかりに、生成されたコンピューターによって、人間の膨大な情報の塊から、人生の正解を導き出したり、困難を乗り切ろうとする人が増えているようです。


 そして、その答えをまるで神の声でもあるかのように絶対なものと受け止めて、自殺をする人や人殺しをする人も出るようになったとも言われています。


 聖書に記されたイエス様の言葉は、生成AIの答えのように分かりやすくはないでしょう。それでもこの2000年にわたって、人間を慰め励まし、良い行いに導いてくださる御言葉です。理解することが難しいからこそ教会という、与えられた場所で共に学び、正しく理解し、受け止めるのです。そしてストンと腑に落ちた時、神様のお力が何倍にもなって一人一人に流れ込んできます。


 私たちは、この社会にとって何者でもない、小さい者の集まりに過ぎないかも知れませんが、「キリストの教会」に集うようにと、神様によって召されていることを忘れてはならないのです。



Yahoo!マップの航空写真が更新されていました
ルーテル幼稚園の新しい屋根は紺色
その左斜め下の緑色の屋根が礼拝堂です
園庭が広くなったのがよくわかります

2026年8月16日日曜日

「祈りの家」(日曜日のお話の要約)

聖霊降臨後第12主日礼拝(2026年8月16日)(緑)

イザヤ書56:1&6~8(旧)   ローマ書11:1~2&29~32(新) 

マタイによる福音書15:21~28(新)


 本日の福音書には、ツロ、シドンといった地名が出てきます。それらの場所は、ユダヤ教は別の神を信じる、異邦の地であったことが印象付けられます。そしてその場所でカナンの女と呼ばれる人物がイエス様の前に現れます。


 イエス様が活動しておられた頃、イスラエルを支配していたローマ帝国は、政策として「ローマの平和」を打ち出していきます。圧倒的軍事力によってローマの法や秩序が地中海沿岸諸国に行きわたり、人びとが安全に暮らせた黄金期です。ローマは、宗教や思想においては寛容体制を持ち、身分制度はあるものの金を払ってでもローマ人になるものには自由を与えました。


 しかし、見方を変えれば制圧と搾取のうえに成り立っていたとも言え、全ての人が幸せだったわけではありません。表向きは平和でも、辺境や属州では異民族との激しい小競り合いや反乱が絶えず発生していたようです。


 異民族との積極的な交流を嫌うユダヤ人は、他の属州に比べても強くローマに反発し続けていたといえるでしょう。そのような中、イエス様はイスラエルを離れて、異邦の地に行く、また、その異邦の地において、イエス様に救いを求める人がいるのです。


 ユダヤの民が、他の民族や異邦の民と交わりを持ちたくない理由として、排他性が言われますが、その排他性は彼らに与えられた信仰の独自性から生まれてきたものです。


 ユダヤの人々は自らを「神に選ばれた民族」と信じ、誇りを持っていたことは旧約聖書にしっかりと記されています。イスラエルは地政学的に見て、紛争に巻き込まれやすい場所です。歴代の王たちはしばしば政治的判断を誤り、信仰がただのお飾りとなり、戦争がおきます。大国との戦争に負けて神殿を破壊されたり国そのものを失いかけるような目に遭うと、悔い改めて信仰を取り戻し、その出来事を聖書に刻んで後世に伝えました。


 さらに、神に愛される自分達はどう生きることが望ましいのか、それを事細かに記したものが律法です。礼拝の方法から日常の食事まで、あらゆる分野にわたって決まりが定められました。


 律法を守ることが民族の誇りでもありましたから、律法を守らず、信仰を共にできない他の民族に対しては当然態度が冷たくなります。仕事以外の付き合いはほとんどせず、食事を共にすることもまずありませんでした。


 ですから「娘が悪霊に苦しめられているので癒してください」といって追ってくるカナンの女に対し、イエス様は「私はイスラエルの家のもと以外は遣わされてといない」と突き放しますが、それはユダヤ人としては普通のことであり、カナンの女の方もこうなることは予想していたはずです

 もちろん、この女性がユダヤ人ならば、イエス様は即座に癒しの力を奮ってくださったことでしょう。しかし、イエス様はあくまで神の子です。頼ってきた人を何でもあり、とばかりに癒すことはなさらなかったのです。


 例えば、どんな神様でも良いから、病気を治してくれるなら、お賽銭を捧げて祈ろう、そんなふうに考えている人は世の中にたくさんいます。それはご利益を求めているだけであって、神様と人格的にふれあい、助けを求める態度とは違います。ですから、神様をまるで恵みの自動販売機のように扱う人に対して、OKとはなりません。本当の愛の交わりはそんなに安っぽいものではないのです。


 ただイエス様は、弟子達が、救いを求めるこのカナンの女を邪見に扱う様子にも、心を痛めておられました。この女性があくまでご利益だけを求めているなら拒否しなければならない。そう心に決めて、選んだお言葉は「子どもたちのパンを取って子犬にやってはいけない」でした。


 「子どもたち」とはイスラエルを表しています。本来ユダヤ人に用意されている恵みを、異邦人には与えられない、と言う意味です。ただ、女性自身を「その辺の野良犬」ではなく「愛らしい飼い犬である小犬」に例えられた選ばれたところに隠しきれない優しさが溢れています。


 イエス様は、信仰というものは、国の宗教として捉えることも大事だが、まず一人の人として神様と繋がることが大切だと教えようとなさいました。そしてこの女性が見事にその想いに応えてみせた時、娘は癒されます。


 そんなイエス様の思いは今も全く変わりません。この世にキリストの体として存在し、信仰に生きる私たちのキリスト教会でも同じことなのです。


 私たちが個人の信仰を深め、家族や友人に伝道しようとする時、周囲の人々はそれを警戒することでしょう。宗教には程々の距離感で、と思う人々が大半だからです。が、その一方で、本当に救いを求める人は、自然と神様に引き寄せられます。私たちにはその人と神様と間を取り持ちたい、と言う気持ちも芽生えるのです。


 現代では、教会に「祈り」が無くなったと言われることもあります。長年教会に通う信徒さんでも、人前で祈ることに躊躇する人も増えてきて「では主の祈りを持って」とお茶を濁すように主の祈りを用いることもあります。しかし、私たちは2000年の時を超えて、異邦人でありながらキリストの名によって祈ることが許されたものであり、カナンの女性が娘のためにあげた叫びの祈りに倣うものです。小犬のような拙い祈りでも、番犬のような、勇ましき祈りであっても、神様への祈りが私たちを救ってくだいます。そして教会はその拠点なのです。


 神様との会話である祈りを大事にし、この教会が祈りの家となるように、心して参りましょう。



今年もプルメリアが咲きました
園庭に面した教会のベランダが定位置です
残念ながら暑すぎてなかなか綺麗に咲き揃いません
暦の上では立秋ですが
南国の花がばててしまうほどの高温の毎日が続いています
みなさんどうぞ熱中症にお気をつけて