2023年1月29日日曜日

求めなさい。そうすれば、与えられる。(日曜日のお話の要約)

2023年飯田教会総会礼拝(赤)(2023年1月29日)
詩編15編(845) マタイによる福音書 7章7-12節(11)


 マタイ福音書は5章から7章まで、「山上の説教」と呼ばれるイエス様の説教が記されています。古くは「山上の垂訓」と呼ばれていたところです。5章の初めに、イエス様がご自分の教えを聞きたいと集まった群衆を見て山に登り、腰を下ろしてお話をなさったことが記録されています。そこには弟子となったばかりのペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネの4人も共にいました。


 日本語では「心の貧しい人々は幸いである」と「幸い」が一番後ろに訳されていますが、原文では「幸いである、あなたたちは」と言うふうにまず「幸いだ」と語り始められているます。イエス様は一般的にはとても「幸い」と思えないような事柄について繰り返し、繰り返し、「幸せだ」と強調して語られたのです。


 マタイはイエス様から直接教えを受けた弟子の一人としてイエス様が天に帰られた後も伝道活動を続け、やがて教会を受け持ち、自分が牧会する人々に向けて福音書を記したと言われています。マタイの教会に集まった人々の特徴は、物心ついた時から旧約聖書を学んだ生粋のユダヤが中心、ということでした。


 彼らは先祖から受け継いできた神様の存在を固く信じ、旧約聖書に書かれた様々な預言書の内容を熟知していました。そこでマタイはイエス様のお言葉や行動を書き記す時「これは預言書のこの部分が現実になったのだ」というふうに引用しました。聖書を知る人々は「なるほど確かに旧約聖書に書かれた通り、イエス様は救い主だったのだ」と心を揺さぶられたのです。

 しかし、私たちを含む外国人にとっては、マタイの書き方はなかなかピンと来ません。後から旧約聖書を学んで、ようやく「そういうことだったのか」と納得できる程度です。


 一方、同じ福音書でもルカ福音書にはそういった書き方はほとんど見られません。それは著者であるルカ自身がユダヤ人ではなかったからです。

 ルカ福音書にもマタイ福音書と同じく、「幸いだ」というイエス様の教えが記されています。こちらは「山から降りて平らなところにお立ちになって」語られたので、「平地の説教」と呼ばれています。


 皆さんはパウロについて知っておられると思いますが、ルカはパウロの伝道チームの一人です。パウロはユダヤ教のエリート、ファリサイ派の出身で、イエス様の教えは神様を冒涜するものだと信じ込んで、クリスチャンたちを迫害していました。しかし劇的な改心を遂げて洗礼を受けた後は率先して伝道者となり、地中海沿岸を旅して様々な民族に宣教を続けました。その途中でルカ福音書の著者であるルカと出会って行動を共にするようになります。ルカはパウロの影響を受けながら福音書を記したとされています。


 パウロの働きでイエス様を信じる人々が増えたのは事実ですが、彼が地中海沿岸の人々に教えたことと、12弟子たちがユダヤ人に教えたこととは食い違いもありました。今後さらに教えを広めていくために会議を開いて、何が最も重要なことなのか、厳しい審議がなされました。エルサレム会議と呼ばれるこの会議は使徒言行録15章に記されており、今のキリスト教に通じる興味深い内容です。と言いますのは、旧約聖書の律法を守ることが救いの条件ではない、ということがはっきりと確認されたのがこの会議なのです。


 外国人クリスチャンを不慣れな律法で悩ませることは神様の望みではなく、イエス様を信じる信仰によってのみ救われると教えることが最も大事である、と決議されます。

 これはユダヤ教も律法も知らない外国出身の人々には朗報でしたが、ユダヤ教からキリスト教に変わったユダヤ人クリスチャンにとっては戸惑いを引き起こしました。律法が全てではないということは分かるけれど、このままでは民族の歴史をどう引き継いでいけば良いかわからない、ユダヤ人のアイデンティとも言える旧約聖書とその教えを捨てるわけにはいかない、とはいえどんなふうに引き継げば良いのか、大いに悩んだはずです。


 ユダヤ人にとって単に旧約聖書は先祖から受け継いだ書物、というだけではありません。旧約聖書には人間の弱さや身勝手さ、醜さが嫌というほど書いてあり、この世の誘惑の前に気を抜けば、どんな立派な信仰者でも堕落してしまうことが記されていました。そしてそれと同時に、人間がどんなに堕落しても神様は決して見放さず、愚かな人間に向かって「私はお前たちを愛している」と伝え続けてくださる。そして必ず救い主を送ってくださるとも書かれています。

 ユダヤ人クリスチャンは、旧約が土台となり、イエス様の素晴らしさは何倍にもなって自分達に語りかけてくると感じていました。だからこそ他の民族は旧約の神を知らないままで本当にイエス様の強い愛を信じ切ることができるのだろうか。また、そのような人々と一緒にクリスチャンとして仲良くやっていけるだろうか、と疑ったのです。


 そんな迷いの中で、彼らはこれからも神様と共に生きるために、大切にして来た何かを手放し、壁を超え、多くの人々にイエス様の愛を伝えていく時が来たのだと感じ取ったのでしょう。

 しかし結果として旧約聖書39巻は残り続けました。福音書やパウロの書簡などで形成された新約聖書29巻と共に、聖書全66巻として受け継がれました。異邦人クリスチャンの多くが旧約聖書の素晴らしさを学び、イエス様の教えを深く知るために未来に向かって受け継ぐべきだと確信したからでしょう。これこそが神様の御心だったのです。


 旧約聖書の色が濃いマタイによる福音書は、新約聖書の一番初めに掲載され旧約と新約の架け橋となりました。最初に列記されている長い系図は、旧約聖書に親しめば親しむだけ、深みを持ってさまざまなことを私たちに伝えてくれます。


 「山上の垂訓」の中にはイエス様のお言葉として「私が来たのは律法や預言者を廃止するためではなく、完成するためである」と記されています。実際「山上の垂訓」は旧約聖書からの引用に満ちているのですが、ユダヤ人はユダヤ人として、異邦人は異邦人として、誰にでも読めるよう工夫されており、繰り返し読むことで、知らず知らずのうちに旧約の知識も増え、気付きも与えられるようになっているのです


 私たちはこれから、この地に会堂を建てて行くために、さまざまな物を神様に求める日々を送ることになります。どのような時でも、神様は、積極的に求めることを許して下さっているのです。この聖句の少し後に、「天の父は求める者に良いものをくださるに違いない」という御言葉があります。この「良い物」とは元々のギリシア語では「良いおくりもの」という言葉で、ギフトが与えられることになっていると約束してくださっているのです。この1年もイエス様の言葉を信じて、その教えを受けて歩み、求めて祈ることの大切さを知って参りましょう。この1年、与えられる喜びを感じながら、共に過ごして参りましょう。




この数日は毎日のように雪が降ります。
日中もなかなかプラス気温にならないので日陰は解け残って冷え冷えしています。
そんな中、ご近所の方が蝋梅をひと枝届けてくださいました。
なんだかそこだけ暖かい気がします。


木彫りの小鳥はカーテンを止めるパーツです
こんなふうに写真を撮ると
まるで小鳥が蝋梅をついばみに来たようです





2023年1月24日火曜日

「人間をとる漁師」(日曜のお話の要約)

顕現後第3主日礼拝(緑)(2023年1月22日)
イザヤ9編1-3節(1073) マタイによる福音書4章18-22節(164)


 旧約聖書の預言の書、エレミヤ書16章16節には「漁師」について記された御言葉があります。エレミヤ書の16章16節には、このような言葉が記されています。「見よ、わたしは多くの漁師を遣わして、彼らを釣り上げさせる、と主は言われる。その後、わたしは多くの狩人を遣わして、すべての山、すべての丘、岩の裂け目から、彼らを狩り出させる。」


 エレミヤ書は重要な預言の書ですが、内容は時系列で並んでおらず、イスラエルの歴史を知っていないとわかりにくい流れになっています。それでも基本的な知識を得てから読むと非常に興味深い書物なのです。


 神の民イスラエルは複雑な歴史の末にエジプトの奴隷状態から解放され、神の僕モーセをリーダーとして40年もかかって約束の地に導かれました。彼らは旅に出て間も無く神様から十戒を授かり、神様の民として守られつつ生きるにはどうすれば良いか学んでいきます。この旅の中でモーセに反抗した人々は神様の怒りに触れ、自滅して行きました。


 荒野の旅の中で信仰を訓練されたイスラエルの民は、カナンの地に定住した後、12の部族に分かれて住み、士師と呼ばれる人々が時に応じて登場して人々をまとめました。しかしやがて民衆は士師に向かって、周辺諸国と同じように力強い王様が欲しいと言い出します。これは、神様だけでは物足りない、と言っているのも同じで、神様への侮辱と取れる要求でしたが、神様は王を立てることをお許しになります。


 王政は最初は成功したかに見えました。2代目の王様ダビデが強い国を作り上げ、3代目のソロモンは経済的に発展させ、神殿を建てて民の安定を図りました。けれどもソロモンの死後、国はあっという間に二つに分かれ、北イスラエル、南ユダと言うふうに分断してしまいます。 


 やがてアッシリヤという大国が台頭し、紀元前720年、北側のイスラエル王国を滅ぼし、そこに住むユダヤの民はアッシリヤに捕囚として連れていかれました。それから150年ほど経って、今度はバビロニアという国が登場し、南ユダ王国も滅亡の危機に瀕します。この時代に記されたのがエレミヤ書なのです。


 エレミヤは厳しい口調で裁きの預言を行いました。北の王国イスラエルが滅ぼされた時、自分達の国が大丈夫だったからと言って、自分達は罪がない、悔い改める必要がない、などと奢ってはいなかったか、いい加減な信仰生活を送りながら反省もせず、神様に守ってもらえると思い上がってはいなかったか。このままでは南ユダ王国もやがてバビロニアに滅ぼされる、と語るのです。


 彼は不吉な預言を語る人物として迫害され、度々命の危険に晒されます。しかし、ユダ王国は結局はエレミヤの預言通り滅亡の道を歩みます。ところが、国の崩壊が避けられないことがわかった途端、エレミヤは一転してして希望の預言を語り始めるのです。

 あなたたちはバビロニアに強制的に連れていかれるが、神様はあなたたちを見守っている。やがて帰国できる時に備えて、バビロニアで畑を作り、家を建て、結婚して子どもを育てるように、と指示したのです。エレミヤはどん底に落ちた南ユダの民に向かって信仰を持って待つことの希望を伝え続けました。


 その上で、エレミヤは名もなき漁師と狩人について語ります。「神様はあなたたちの救いを約束する。しかし再びイスラエルに連れて帰ってもらっても、以前のように神様を悲しませるような罪を犯したなら、神様は漁師に釣られる魚のように、狩人に狩られる獣のように、あなたたちを裁く。」 エレミヤは漁師を「神の裁きの使者」という意味に用いたのでしょう。


 ユダ王国の人々がバビロニアに強制移住させられからしばらくして、バビロニアはペルシャに滅ぼされます。ペルシャの王様はユダの人々が故郷に帰ることを認めたため、最初の捕囚からおおよそ70年後、人々はエレミヤの預言通りイスラエルに帰還できたのです。


 エレミヤの預言は実現した。これからは神様への信仰を一番に生きていこう。そう心に誓った彼らはバビロンから戻ってすぐさま、バビロニアに破壊された神殿を再建することに情熱を傾けたのです。そしてバビロンの地で学んだ聖書の教えを忘れることのないよう、子どもたちへの宗教教育に力を入れていきました民族滅亡の危機に晒されたユダヤの民にとって、神様の遣わされる漁師や狩人の物語は大切な学びの記憶として親から子へ受け継がれて行ったに違いありません。


 イエス様が宣教を開始された時、ご自分の最初の弟子としてガリラヤ湖の漁師、ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネを招かれたのは、この教えをもう一度呼び覚ますためだったのではないでしょうか。

 この出来事はマルコ福音書とルカ福音書に記されており、特にルカ福音書には非常にドラマチックに描写されています。皆さんもよくご存知のエピソードです。一晩中働いたのに魚が取れなたった彼らが、イエス様を舟にお乗せして網を下ろした途端、舟が沈みそうになるくらい魚が捕れた、恐れ慄いた彼らに向かってイエス様が「あなたは人間をとる漁師になる」と招かれた、というお話です。もちろん目の前で大量の魚がとれたので、この人は凄腕の漁師だ、弟子になれば食いっぱぐれがない、という意味でついて行ったわけではないことはご承知の通りです。


 マタイとマルコはここまで詳しくエピソードを記してはいませんが、三つの福音書に共通して言えることは、彼らは「人間をとる漁師に」と声をかけられた時、まだイエス様が何者であるか十分知らないにも関わらず弟子となったということです。

 彼らはユダヤの民として「人間をとる漁師」とは神様の手足となって働く存在だと、知識として知っていました。ですからイエス様こそ、自分たちを神様の僕として育て上げてくださる方だと直感して従ったのです。その招きの中に神様の豊かな御計画があったのは、イエス様に付き従う毎日の中で少しずつわかるようになったことです。


 さて、私たちはきっかけこそ違いますが、それぞれに洗礼を受けてイエス様の弟子、クリスチャンとなりました。しかし初めのうちはこの時の漁師たちとと同じく、イエス様の弟子としてまだまだ何も知らないところからスタートしました。


 長年礼拝に参加していても、10年以上聖書日課を読んでいても、イエス様のことはまだまだ知らないことだらけです。自分の祈りと全く異なることが起きて傷ついたり失望したりした時「私について来なさい」の声を思い返せるかどうかは大切なことです。どんな時も「人間をとる漁師」として招かれたのだと信じ、諦めないで従っていくことだけが、私たちがイエス様の深いお考えを理解していく唯一の方法なのです。


2月4日の土曜学校の
ご案内葉書です
ヒマラヤ杉(←松科ですが)の
松ぼっくりは薔薇の花の化石のようで
とてもきれいな形です

2023年1月15日日曜日

「イエス様の弟子」(日曜日のお話の要約)

顕現後第2主日礼拝(緑)(2023年1月15日)
イザヤ49章1-4節(1142)ヨハネ福音書1章35-41節(164)

 イエス様の時代、イスラエルはローマ帝国との戦いに敗れて属国となっていました。政治と宗教のトップたちは要領よく立ち回って国を維持しようとしましたが、一部の民衆の中には、過激な行動に出て独立を取り戻そうとする「熱心党」と呼ばれる人々もおりました。

 とはいえ、多くの民衆は長いものに巻かれ切ることも過激になることもできないでいました。フラストレーションを溜め込みながらも、先祖から伝えられてきた聖書の教育をやめることだけはしませんでした。安息日にはシナゴークと呼ばれる地域のユダヤ教集会所に集まって聖書を学び、祈りましたし、年に3回行われるエルサレム神殿でのお祭りには、健康な成人男性は可能な限り巡礼として訪れました。

 神殿で儀式を司る司祭たちサドカイ派は神殿を大事にして捧げ物をすれば神様が守ってくれると説きました。一方聖書を教えることを受け持つファリサイ派は律法と先祖からの教えに忠実に過ごすことで神様の守りが得られると教えました。しかし指導者が提供する派手な神殿、やたら細かい掟だけでは、いつまでも人々をコントロールできる訳でもありませんでした。ユダヤの人々は、遠い先祖の時代に荒野で培われた信仰こそ、神様につながる信仰ではないかと耳を澄ましました。

 そしてサドカイ派やファリサイ派と対抗する形のように現れたのがエッセネ派と呼ばれる第3の勢力でした。エッセネ派は権力者と対立していたので聖書には名前が出てきませんが、洗礼者ヨハネは、その指導者の一人で、イエス様も一時的にこの集団に属していたと言われています。この派に属する人々は貧しくとも神の民として生きるという強い意志と誇りを持っていました。彼らは都会からも神殿からも離れ、死海の北西沿岸にある荒野で共同生活を行いました。

 本日読みましたヨハネ福音書では、洗礼者ヨハネが自分の弟子を二人連れていた時、歩いておられるイエスに出逢います。ヨハネはイエス様を見て「見よ、神の小羊だ」と言うのです。その時ヨハネと共にいた弟子の一人がペテロの弟、後の12弟子の一人アンデレで、もう一人はこの福音書を書いた著者ヨハネだと考えられています。
 イエス様は洗礼者ヨハネから受洗した直後、天から降った聖霊を受けていよいよご自分が宣教に踏み出す時が来たと知りました。そこでエッセネ派から抜け出し、新しく歩み始めたのです。洗礼者ヨハネは、イエス様こそメシアであると既に気づいていましたから、アンデレら二人に対し「神の小羊であるイエス様についていきなさい」と促します。「ついて行った」という言葉は原語のギリシャ語は、ただ追いかけて行った、ということではなく、弟子としてついて行ったという意味です。

 一方、イエス様は二人がついてくることが分かった時、振り向いて「何を求めているのか」とお尋ねになります。それは「何か用事があるのか」ということ以上の意味を持っていました。「あなたの人生においてあなたは何を求めているのか」とも取れる問いかけなのです。

 彼らがわざわざ洗礼者ヨハネの元を去り、イエス様の後を追って来たからには、今まで満たされなかった何かを求めてのことであったのは間違いありません。しかしそれが何であるか、彼らはうまく言葉にすることはできませんでした。

 それでも、この方について行けば自分たちが求めているものがきっと与えられるという確信を持っていました。ですから彼らはこの問いには直接答えず、「ラビ、どこに泊まっておられるのですか」と尋ねます。わざわざイエス様にラビ、先生と言ったのは、「もはや私たちは洗礼者ヨハネの門下生ではなく、イエス様に従います」という表明です。イエス様のそばにいて、イエス様の言葉をじっくりと聞きたい、と願ったのです。彼らの返事を聞いたイエス様は「来なさい、そうすれば分かる」と招かれ、正式に弟子となったのです。

 ヨハネはイエス様の教えがエッセネ派からも、伝統的なユダヤ教からも独立していく様子を目の当たりにしました。イエス様のお考えはヨハネには理解できないことも多くありましたが、「来なさい、そうすれば分かる」と言っていただいたその日から、ヨハネはひたすらイエス様に付き従いました。イエス様のそばを離れないでいれば、イエス様のおっしゃることが必ずわかるようになってくる、神様がそうしてくださる、と信じ続けたのです。

 ですから彼はイエス様が十字架にかかられたときでさえ近くで見守り、その母マリアを預かり、イエス様の復活の出来事も目の当たりにし細かく書き記しました。それら全てのことをまとめて福音書に書き記したのです。

 イエス様の尊い犠牲と愛の目撃者として、イエス様のなさったこと、仰ったことをのちの時代に伝え、イエス様こそ神であることを証ししていくことが自分の使命であると確信し、そこに自分の生涯を捧げたのです。ヨハネは12人の弟子のうちで唯一長生きしたと言われており、生き証人として彼の語る言葉は、イエス様の昇天後弟子となった人々に強い影響を与え続けました。

 私たちは最初のイエス様の弟子のように「来なさい、そうすれば分かる」と招かれています。神様に押し出されてこの教会に招かれ、イエス様の前に逃げも隠れもできません。イエス様の弟子として、神様の御心が現れる場を創っていくものとなりましょう。神様からお前たちには恵みを与え、信仰を与え、愛の心を与えた、さあその場を示しなさいと語りかけられ、信仰によって行動する時が来ているのです。 


園庭の銀杏の木で羽を休めるつぐみ
何を見ているのでしょう

2023年1月8日日曜日

「イエス様の洗礼」(日曜日のお話の要約)

主の洗礼礼拝(白)(2023年1月8日)
詩編29編1-6節(859)マタイ福音書 3章13-43節(4)


 本日は「イエス様が洗礼を受けられた」お話です。4つの福音書はすべて洗礼者ヨハネが「自分はイエス様に洗礼を授ける資格はない」と口にしています。その上で、マタイ福音書はヨハネが面と向かってイエス様を止めようとします。

 マタイはイエス様に出会って召し出される前は税金を徴収することを仕事としていましたが、それは今の公務員のような役割ではなく、自分のやり方一つで人々から多めに税金をむしり取って私服を肥すことのできる仕事でした。
 当時イスラエルを支配していたローマ帝国のために、同じユダヤ民族から余分に取り立て、自分の財産とすることができました。ローマが後ろ盾となっていますから一般民衆は逆らえません。恨みを込めて人々は徴税人たちを神様に見捨てられた罪人と罵りました。一方、徴税人の側も、神様の民であることを自ら捨てさり、開き直って暗闇の中で生涯を送ったのです。


 しかしイエス様は収税所に座っているマタイに「わたしについてきなさい」と声をかけられます。イエス様と共にいた他の弟子たちは「イエス様が大変な人間をスカウトし始めた」と思ってヒヤヒヤしながら見守ったことでしょう。
 この頃のイエス様は、素晴らしいお話や癒しの奇跡でかなり有名になっておられたましたから、マタイもイエス様の噂を聞いたことはあったと思います。しかしまさかその方が自分に声をかけて来られるとは夢にも思っていなかったでしょう。聖書には「彼(マタイ)は立ち上がってイエス様に従った」と記していますので、マタイが躊躇なくイエス様に従ったことがわかります。


 マタイは徴税人になるまでは普通のユダヤの男子と同じように聖書を学んできたはずです。何かをきっかけに道を誤り、後悔しつつも後戻りはできないと思っていたでしょう。その道から今、イエス様は救い出してくださったのです。
 この方こそ罪人を救いに地上に来てくださったインマヌエル、救い主だ。そう確信したマタイは、イエス様の弟子となり、成長していきます。かなり高齢になって福音書を書こうと思い立った時、あえて自分の過去の過ちををはっきり記すことでイエス様の救いの素晴らしさを読み手に伝え、神様の御子であると証したのです。


 だからこそ、イエス様がヨハネから洗礼を受けた事実について、どう書き表そうかと悩んだでしょう。何しろ当時洗礼者ヨハネが行っていた洗礼とは「今から神様に忠実に生き直します」という宣言のようなもので、ユダヤの民なら皆そのことを知っていました。イエス様がまことに神の子であり、救い主であり、聖なる方ならば、洗礼を受ける必要など全くないはずなのです。


 もしマタイが自分の福音書に「イエス様も洗礼を受けた」と書いたなら、他の人は「イエス様も私たちと同じ罪のある人間だったのか」と思いはしないだろうか。イエス様が洗礼を受けた事実を知った人々が全く違う風に誤解することを、マタイは恐れたのです。そこで彼は、イエス様が洗礼を受ける際に、洗礼者ヨハネとどのようなやり取りがあったのか限り調べ、聞き取りをし、ここに記したのです。
 マタイが描きたかった最も重要なポイントは、洗礼者ヨハネが面と向かってイエス様が洗礼を受けることを思いとどまらさせようとした、ということです。これによってイエス様がヨハネの洗礼を受けて罪を清めることは全く不要である、ということを強調しました。


 マタイ福音書の3章10節から12節には、洗礼者ヨハネの思い描く神様の厳しい裁きが記されています。ヨハネは間も無く裁きの時が来る、神様を信じて悔い改めないなら、良い実を結ばない木のように切り倒され、火に投げ込まれるだろう、というのです。
 ヨハネは自分の力では一時的に信仰的な生活に導くくらいしかできないとわかっていました。神様が遣わしてくださる方の力によらなければ、どうすることもできない程、人々の心のうちは救い難いのだとわかっていたのです。ですから多くの人々を震え上がらせるかのように神様の裁きを語ったのでしょう。
 もし、悪人や役立たずを裁くことがイエス様の地上に来られた目的ならば、これは恐ろしいことです。世の中に心の底まで清い人などただの一人もいませんから、「この人もダメ」「この人も不合格」とばかり、人類全てが火に投げ込まれてしまうでしょう。しかし、ヨハネの前にイエス様が現れた時、彼はこの方が自分が考えていたのとは全く違うアプローチで、限りなく高くまた深い思いを持って人々を救いに導くであろうことを直感します。それが十字架に至る道であることはヨハネは知る由もありませんでしたが、神様がイエス様を通してなさろうとしている壮大な御計画を感じ取ることはできました。


 自分とこの方では全く格が違う。そう感じたからこそ、ヨハネはイエス様に洗礼を授けることをなんとか思いとどまらせようとします。しかしイエス様は「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです。」とお答えになって、渋るヨハネからあえて洗礼を受けられたのです。 
 このヨハネとのやりとりを描くことで、マタイは「イエスにも罪がある」と誤解されないようにすると同時に、イエス様ご自身が、あえて罪人の中に入っていき、罪人たちの全ての罪を引き受け、その罪を担い、救いへと導くために、洗礼を受けてくださったことを伝えようとしました。


 マタイは、イエス様が人間の心の中にある、本人ではどうしようもない罪を焼き払ってくださるイメージをここに注ぎ込んだのではないでしょうか。そして自分も罪を焼き払っていただいた一人なのだ、と誇りを持って書き記したのでしょう。
 私たちもまた、自分をイエス様に委ね、心のうちにある不信仰の罪を焼き払っていただき、イエス様に導かれつつ新しい年を過ごして参りましょう。


昨日の土曜学校は
礼拝の後、毛糸のポンポンを使って
白うさぎを作りました
自分の作品を大事そうに抱えて記念撮影です


2023年1月1日日曜日

「苦難と祝福」(日曜日のお話の要約)

新年礼拝【降誕節第2主日礼拝】(白)(2023年1月1日)
ヘブライ人への手紙 2章16-18節 
マタイ福音書 2章13-23節


 私たちキリスト者は「聖書」に込められた神様の重要なメッセージに触れながら、それを人生をの道しるべとして歩んでいます。しかしだからこそ、「聖書」とは一読しただけで、すぐに神様が分かるものでもないことを知っています。


 明治以降の日本のインテリで名だたる文豪、森鴎外も夏目漱石も聖書を読みましたが、なかなか理解できなかったようです。今に至っても信徒数は日本の全人口の1%を超えず、なかなか日本社会に根付いていきません。


 日本人の多くは、意見をはっきり言って対立するよりは自分を抑えて共同体が穏やかであることを望みます。無理や無駄をせず、おだやかに暮らすことにも憧れを持っています。その上で、キリスト教の教えの中に自分たちの価値観と共通するところを見出して、うんうん、いい教えだ、なるほどマザー・テレサはさすがだな、などと納得するのです。


 しかし、それでわかったような気になって、わざわざ毎週日曜日に教会に来て教えを受けなくてもどうってことはない、と思い込んでしまうのも事実なのです。それが私たちに聖書を与えてくださった神様をどれほど悲しませているか、想像もしないのです。

 先ほど読みました「ヘブライ人への手紙」は「ヘブル書」とも略され、ヘブライ人、つまりユダヤ人のキリスト者に向けて記されています。それで、旧約の知識がないとちょっととっつきが悪いのですが、逆に言うとこの書を読むことで旧約聖書を理解する力が与えられるとも言えます。


 旧約聖書にはご利益的なことは何も書かれていません。神様に愛され、選ばれ、召し出されたイスラエル民族が、その愛を信じることができず、政治や武力のみに頼って無益な戦争を繰り返し、神様を裏切り、悲しませるのです。

 そのように、人間が何度も愚かな振る舞いをするたびに神様が正しい道へ導こうとされる様子が何百年、何世代にわたって記されています。旧約聖書というのは、極端に言うならばダメ人間を見放せない神の限りない愛が記されている書物だと言えるでしょう。


 しかし神様は、その愛をさらに具体的にお示しになるタイミングを待っておられました。それが2000年前、ベツレヘムでお生まれになったイエス様の誕生です。この方の誕生は旧約聖書にしっかりと預言されており、この方が来られることは分かっていたのです。しかし、その時がいつなのか、どのように訪れるのかは誰にも分かりませんでした。ですから、イエス様の母マリアにしてもヨセフにしても、天使のお告げがあってようやく信じることができたのです。


 一方、権力に執着している人々、例えばヘロデ王などは、天使のお告げを受けていません。突然他の国から学者がやってきて「新しい王様が生まれた」と告げられたのですから、不安になり、自分の地位が奪われるかもしれないと恐怖を抱いたのは当然でしょう。


 ヘロデ王はユダヤ教の祭司や学者を集め、救い主に関する預言を調べさせます。おおよその場所と時間がわかると、学者たちにそこへ向かわせます。しかしこれは親切心からではありません。何も知らない学者たちをスパイに使ったのです。その上で、もし赤ん坊が特定できなければそれらしい子供たちを皆殺しにする計画を立て実行に移すのです。神様の御子が生まれた喜びの知らせのすぐ後に、無関係の幼児たちの命を奪うという恐ろしい罪も地位に執着する人間の愚かさなのです。


 そのような状況の中で、イエス様の家族は、エジプトへ難民となって逃げていくのです。ヨセフは、マリアの思いがけない妊娠を知った時と同じように天使から夢のお告げを受け、躊躇せずその夜のうちに支度を整え出発します。ヨセフにとって、マリアとの結婚は苦難の連続となりましたが、その事態を受け止め、最初に決めた通りイエス様とマリアを守って自らを犠牲にして行動するのです。危険の迫る中、ヨセフは神様の救いを闇の中に輝く道標として、さらに深く理解したのではないでしょうか。


 私たちはこの1年、マタイによる福音書から神様の御言葉を聞いてまいります。マタイ福音書の特徴は「旧約聖書に記された神様の約束はどのように実現されたか」を事細かに記してあることです。これを「預言の成就」と言います。


 一番大切なことは、マタイは私たちの根本的な疑問に神様の視点から答えているということです。イエス様は神の子であり、救い主なのに、どうして受難にあい、苦しい人生を歩み、十字架という非業の死を遂げたのかという問いかけに対し、神様がそうお定になったから、と答えています。神様は一人子であるイエス様にその苦難を負わせることで、あなたの背負っている苦難は、私も共に背負っていることを忘れないで欲しいというメッセージを伝えようとされたのです。


 教会では、神様からのそのメッセージを常に心に刻むために十字架が掲げられています。あの十字架はキリストが私の為に十字架に掛かってくださり、苦しみを背負われたことを思い出すためにあるのです。


 今年がどのような年になるのか私たちにはまだわかりません。ただ私たちの周りは聖書もキリストも抜きで、話が進んで行くことが多いのです。そのような中で、私たちはどのような時もイエス様の証し人としての判断や発言が求められていることを忘れないでいましょう。私たちはイエス・キリストに召され招かれた者であり、苦難は祝福の源であることを信じる人々の集まりです。不安な時代にあっても、信仰をよりどころとして歩んで参りましょう。神様に愛されている私たちには必ず祝福があることを信じ、この1年もキリストと共に歩んで参りましょう。



礼拝後、クリスマス礼拝記念写真
リーベクワイヤの皆さんも、こども聖歌隊メンバーも
いい笑顔です
今年も音楽のあふれる教会になりますよう
よろしくお願いいたします

2022年12月26日月曜日

「クリスマスの光」(日曜日のお話の要約)

主の降誕礼拝(白)(2022年12月25日)
イザヤ書 52章7-10節(1148)ヨハネ福音書 1章1-14節(163)


 みなさん、クリスマスおめでとうございます。

 昨夜はこの場所でクリスマスイブ礼拝を行い、「世界ではじめのクリスマス」と題して、イエス様が生まれた夜のお話をいたしました。
 イエス様がお生まれになった「世界ではじめのクリスマス」は2000年前の出来事ですが、日本で最初に祝われたクリスマスは、いつだったでしょうか。答えは今から470年前、西暦1552年、安土・桃山時代のことです。

 日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師、フランシスコ・ザビエルが、山口県に滞在中、人々を集めてお祝いしたと言われています。1560年には、京都で、100人の日本人キリスト教信者が集まり、クリスマス礼拝が行われたとも記されています。
 戦国時代、合戦の最中、緊張感高まる中で織田信長と松永久秀があえて戦を止めてクリスマス停戦を行ったと言う出来事をご存知かもしれません。戦国武将の中でトップの人気を誇る織田信長は、短気で、無慈悲な一面も持っていたと言われます。しかし、最近の歴史研究や考察では、信長は天下人になることを願ったが、その動機の中には戦のない世界を作りたいという思いがあったのではないか、とも言われています。その手段の一つとして日本にキリスト教を取り入れることを認めたのかもしれません。

 しかしその後、支配者が代わり、鎖国政策が敷かれ、キリスト教も厳しい禁教令の下で、クリスマス礼拝やパーティどころではなく、日本のキリスト教はほとんど途絶えてしまいましたから、クリスマスのお祝いが再開されるのは明治時代まで待たなくてはなリませんでした。

 調べてみますと1874年の築地で、日本人がクリスマス会を開いた記録があります。とはいえ、その研究者によると、これ以降のクリスマス会は華やかに祝われるにしても、キリスト教からきっちり宗教部分を除いて定着していったそうです。日本のクリスマスが、クリスマスからキリスト教を抜いて、まるでサンタクロースのお祝いのようになってしまったのは、かなり早い時代だったのです。

 さて、本日のヨハネによる福音書は、イエス様のお弟子さんの一人、ゼベタイの子ヨハネによって書かれました。ヨハネは中心的な弟子の中で一番若く、見た目も美しかったようです。しかしイエス様から「雷の子」というあだ名つけられました。それは彼が短気で喧嘩っ早く、イエス様に失礼な振舞をした町を「焼き滅ぼしましょう」などと口走る物騒な性格だったからです。
 また、彼の兄もイエス様の近くで学ぶ弟子の一人でしたが、救い主としてのイエス様の働きを十分には理解できず、二人してイエス様の前に進み出て「イエス様が救い主としてユダヤの王様になられるときには、自分たちをその片腕にしてください」と願い出ます。
 彼らの母親はイエス様の弟子たちのお世話をするために一緒に旅をしていましたが、彼女もまた「息子たちを重要な地位につけてほしい」と願い出たことが他の福音書に書かれています。要するに、この一家はイエス様のことが大好きで弟子としてお役に立つことを喜んでいましたが、本当のところでイエス様のお考えを理解していなかったのです。

 ヨハネはイエス様の弟子とはいえ、短気で、けんか早く、打算的な面のある、ごく普通の青年でした。ですから、イエス様が国のトップの人々の罠にかけられて捕らえられ、十字架で亡くなった時、真っ先に逃げ出してもおかしくありませんでした。確かに、イエス様の弟子の多くは自分が逮捕されるのを恐れて、逃げ出しました。そんな中で、ヨハネだけはわずかの女性の弟子やイエス様の母マリアと共に、十字架のそばで息を引き取るイエス様を見守ったのです。

 十字架の死から三日ののち、イエス様は復活し、ご自分を見捨てて逃げた弟子たちのところに行ってお赦しになりました。それは、人間がどれほど醜く弱い心を持っていても神様は変わらず愛してくださることをはっきりと伝えるためです。
 そしてこの教えを信じて生きるものは、地上の命が尽きた時、神の国に受け入れられて永遠の命が与えられると語られ、神様の元に、天国に帰って行かれたのです。

 ヨハネはこのイエス様の教えをしっかりと受け止め、キリストの教えを伝える伝道者となります。彼は理解の遅い人にも愛を込めて優しく教えました。もう、前のような「雷の子」ではありません。いつの間にか「愛の人」と呼ばれるようになりりました。それはイエス様に赦され愛され、人を本当に愛することを知ったからです。

 イエス様の愛によって成長したヨハネは、イエス様がご覧になったようにこの社会を見つめました。この世には以前の自分のように、自己中心的な人々が溢れていて、傷つき傷つけられながら生きているのです。誰かを心から信用することも頼ることもできなくて、孤独に苦しんでいるのです。ヨハネにはそれが見えました。だからこそ、自分に与えられたイエス様の愛、命の光を伝えようとしました。

 旧約聖書の創世記には、人間はもともと神様に愛を込めて作られた存在だと書かれています。ヨハネが、それが本当のことだとはっきりわかったのはイエス様のお導きでした。
 最初の人アダムとエバは自分から神様を裏切り、楽園から出ていかなくてはならなかったけれど、神様は変わらず人間を愛していること。それを伝えるためにイエス様はこの世に来られたこと。イエス様のおっしゃることを信じれば、この世の人生を終えた後、神様が天の御国に召されていくのだということ。
 イエス様はそれら全てのメッセージを人々に伝えるために、お生まれになった、まことの救い主なのだ、とヨハネは伝えたのです。イエス様のお誕生を大いに喜ぶのは、そのためなのです。

 ヨハネは自分の福音書の第一章に、創世記の始まりと対になるような表現で、イエス様は暗闇に輝く光だと書きました。光というのは、昼間は明るく私たちを照らしていても気にも止めませんが、周りが暗ければ暗いほど必要です。
 人生が順調な時、それが当たり前だと思っている時は、光がそばにあっても気がつきません。しかし何かに失敗して、自分はだめだ、まるで深い闇の中をひとりぼっちで彷徨っているようだと思った時、光の存在を求めます。そして、自分を照らす光がどれほどありがたいか知るのです。ヨハネはイエス様こそ、人の心の暗闇に差し込む光だと告げるのです。

 イエス・キリストの誕生を覚えるクリスマス。小さい子どもも、おじいさんもおばあさんも、病気の人も、何か失敗してクヨクヨしている人も、イエス様は全ての人に関わってくださり、共に歩いてくださいます。この方の誕生を私たちは心から喜び、全ての人に伝えましょう。
 イエス様、まことの救い主の光は、全ての人を照らすのです。 


みなさま、24日、25日はどのようにお過ごしでしたか?
飯田は24日未明より雪が降り始め
朝6時には教会周辺でも15センチほど積もっていました。




大急ぎで雪かきを開始しましたが次々降ってきます。
一旦諦めて見守っていますと、陽が差し始め気温も上がって
かなり解けてくれました。
ホワイトクリスマスも良いのですが
教会に車で来る人がほとんどで、あまりひどいと
礼拝出席の妨げになります
思ったよりも気温が上がったイブの夜
無事にイブ礼拝が行われました




25日は日差しも暖かく、礼拝の時間には
8度近くまで上がり、換気をするのも楽でした


こども聖歌隊は「サンタが町にやってきた」の替え歌で
「イエス様がお生まれだ」を手話を交えて元気に賛美



メンバーのお母さんはベーシスト!


リーベクワイヤの皆様
二日連続のご奉仕ありがとうございました


コロナ禍の影響で2日とも愛餐はできませんでしたが
飯田教会なりの工夫で和やかに過ごし
集まった皆様とともにイエス様のご降誕をお祝いしました

記念撮影の後、代議員さんから
礼拝出席の皆様にプレゼントが配られました




2022年12月18日日曜日

「インマヌエル預言」(日曜日のお話の要約)

待降節第4主日礼拝(紫)(2022年12月25日)
イザヤ書7章10-16節(1071) マタイ福音書1章18-25節(1)

 本日の説教題である「インマヌエル預言」とは、旧約聖書から新約聖書へと続く大切なメッセージです。「インマヌエル」とは「インマヌ」、つまり「われらとともにいる」という言葉と、神様を表す「エル」を組み合わせた名前で、「神はわれらとともにいる」という意味があります。 

 インマヌエルという名前が聖書に最初に登場するのはイザヤ書7章14節で、「乙女が身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」という記述です。これは「インマヌエル」という名前の赤ちゃんが生まれる、という意味ではありません。「神様はわれらとともにいてくださる」と証明する人物がやがて乙女から生まれる、という預言なのです。 

 イザヤ書が記されたのは紀元前700年頃で、まだギリシャもローマも存在せず、アッシリヤという大国が周辺を支配していました。イスラエルはと言いますと、北と南に分かれて敵対関係にあり、北側の王国イスラエルは、まさにアッシリヤによって滅ぼされようとしていました。  南側はユダ王国と言いますが、こちらも常に不安定な状況にありました。国王のアハズは、アッシリアに逆らわないことを示すため、アッシリアの神々を自らの国に導入して神殿を建て、宗教儀式も導入しました。父なる神様の存在をないがしろにしたのです。

  歴史はややこしいもので、ユダ王国が国を守るためにアッシリアに擦り寄る反面、アッシリアに反発する国々が立ち上がります。そして「共にアッシリアと戦おう、反アッシリアの同盟を組もう」と持ちかけてきたのです。しかしアハズ王はこれを断ったため、今度は反アッシリアの同盟軍が「ならばお前も敵だ」とばかりに押し寄せてきます。 
 今日の聖書箇所は、同盟軍に震え上がったアハズ王に対し、イザヤが投げかけた言葉です。イザヤは「反アッシリア同盟軍は壊滅するから大丈夫だ。神様は力強くあなたを守るから、神様だけを信じなさい」と呼びかけるのです。ところがアハズ王はアッシリアの軍事力が自分たちを守ってくれると考え、神様に立ち返ろうとはしませんでした。 

 この時ユダ王国はなんとか救われましたが、アハズ王の後を受けた王様たちも神様に絶対的な信頼を置こうとはせず、軍事費を増強させたり、周辺の国々と無意味な同盟を結んでは裏切られ、を繰り返します。 

 イザヤをはじめとして多くの預言者は、神様がもっとも悲しまれるのは「不信の罪」だとメッセージし、神を信頼しない罪を指摘し続けましたが、王様も民衆も純粋な信仰に立ち返ることはありませんでした。その結果として、結局200年足らずの間に、新たに台頭したバビロニア帝国との戦いに敗れ、国土は蹂躙され、人々は捕囚され、神殿も焼かれてしまったのでした。 

 しかし神様はイスラエルの民を見捨てることはなさいませんでした。バビロニア帝国に連れ去られた民衆は、神様の奇跡によってやがて祖国に帰ることができました。祖国に戻った民衆は神殿を再建し、律法を重視し、一見信仰深く神様中心の国を作り上げたかに見えました。しかし結局は肝心なところで神を頼らず、信頼せず、人間の浅知恵で行動した結果、ペルシャ、ギリシャ、ローマによって次々と支配されることとなってしまったのです。

  とはいえ、彼らは聖書を大切にする伝統だけは失わず、どのような状況に陥っても子どもたちに聖書教育を与え続けました。それで、イザヤ書もまた大切に受け継がれ「インマヌエル預言」は「イスラエルを救う救い主が来てくださる」という神様からの約束として受け継がれていきました。

  旧約聖書と新約聖書を結ぶ一番初めの書、マタイ福音書は長い長い系図からスタートします。そしてその系図の直後に、イエス・キリストの誕生予告が記されています。ヨセフの夢の中に天使が現れ、改めて「インマヌエル預言」を告げています。その時ヨセフはマリアの「謎」の妊娠を知り、不貞を疑って夫となることを躊躇していました。しかしマリアの胎にインマヌエルなる神が宿られたことを信じたヨセフは予定通り彼女を妻として迎え入れるのです。

  こうして誕生されたイエス様は、神様の御用を果たすために罪人と呼ばれる人々と交流をし、荒んだ人生に生きる人々を悔い改めに導き、病を癒やされました。十字架の死に至るまで神様を信頼する姿勢は変わることなく、強烈な痛みや屈辱を耐え忍ばれ、神様が人々をどれほど大切に思っておられるかを伝え続けました。  やがてイエス様が復活し天に帰って行かれた後、キリスト教が様々な民族の間に広がって行くにつれ、「インマヌエル預言」はクリスマスストーリーの印象的な出来事の一つとして多くの民族が読み、愛する場面となっていきました。

  そして人々はついに「インマヌエル」とは「イスラエル民族の救い主」という枠を超えた存在であると理解するようになります。「神様はどのような民族であれ、どのような立場であれ、われらとともにいてくださる」と信じることができるようになったのです。 

 クリスマスは何世紀にもわたって預言され続けたインマヌエルなる神、イエス様のお誕生を喜ぶ日です。かけがえのない家族や友人と過ごす時間は大切ですが、それだけに流されないで、イエス様があらゆる人々を愛されたように、人生に打ちひしがれた人々に出会ったなら、愛を持って接し、神様が共におられることを伝え、祈ることは忘れないでください。あなたが必死で努力しても、その言葉に素直に耳を傾けてくれないかもしれませんし、空しくそこでは終わってしまうように思えるかもしれない。けれども、その言葉は必ずどこかで希望になるのです。


1月7日のどよう学校で制作する予定の
「ぽんぽんうさぎ」です
ふわふわした暖かそうな動物を作ることに決め
あれこれ試作していたら
いつの間にかうさぎができていました
干支を意識したわけではなかったのですが…
長い耳や小道具のにんじんが
子どもたちの「工作心」を
刺激してくれることを願いつつ