待降節第一主日礼拝・聖餐式(紫) (2019年12月1日)
イザヤ2:1-5 ローマ13:11-14節 マタイ21:1-11節
「城」というと塔のような天守閣のある建物そのものをさすイメージですが、もともとは、建物を中心に壁で囲まれた町全体のことを「城」というのだそうです。
本日の福音書はイエス様がロバに乗ってエルサレムに入られる場面です。少し前の文章などでは、イエス様がエルサレムに迎え入れられるシーンを「エルサレム入城」と表記したりしています。それはエルサレムは神殿が町の中心で、その神殿を守るように石垣があります。つまり、エルサレムは都市全体が城壁で囲まれているお城なのです。それで、「エルサレム入城」というわけで、この言葉は私にとってしっくり来ます。
「エルサレム入城」は、弟子たちにとっても、イエス様に期待する民衆にとっても、待ちに待った出来事でしたが、エルサレムの治安を司る側にとっては迷惑な話でした。イエス様一行は勝手にパレードをして大騒ぎをしている不穏な集団とみなされました。
しかし、この出来事は、突然何かの思いつきやノリで始まったのではありません。神様ご自身が、イエス様を神殿のあるエルサレムに迎えるためにこの日を選んで、前もって入念な準備をなさったのです。
何よりも注目するのはイエス様が「ろばと子ろばを引いて来なさい」と命じられたところです。よく知られていることですが、この部分は旧約聖書ゼカリヤ書9章9節の実現だと言われています。「見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられたも者。高ぶることなく、ろばに乗ってくる。」と書かれており、救い主は普通の王様のように格好の良い軍馬に乗るのではなく、柔和な姿でロバに乗ってくる、と記されているのです。
イエス様はロバにまたがり、ホサナの歓声に迎えられてエルサレムに入城しつつ、神様のご予定が実現していく(預言の成就)事を体験し、噛み締めておられた事でしょう。
神様がこの世をお救いになるためには、イエス様が十字架にかかって死なれることは変更できません。イエス様もご自身が十字架に架けられた後、三日ののちに復活することをご存知で、弟子達にも以前からそう告げておられました。しかし三日後に復活するからと言って、死の苦しみそのものが軽くなるわけではありません。鞭打たれ、辱めを受けた上で、最も残酷な死刑とさえ言われる十字架につかなければならないのです。
ですからイエス様は十字架にかかる前夜、ゲツセマネの園で、できることならこの杯は受けたくない、と神様に祈られました。しかし最後には、この苦難が御心ならば、それを受けます、とおっしゃるのです。
人々を救うために避けて通れない道を、神様があらかじめ旧約聖書で預言された通りに歩み通すことを改めて決意されたのでした。
私がこの出来事の舞台となったエルサレムに行き、エルサレム城壁の周りを歩き回ったのはもう30年以上も前、まだ大学1年の時です。現在のエルサレムの街も、イエス様の時代と同じく城壁で囲まれています。この城壁は1世紀にローマによって破壊された後、長い時を経て16世紀にオスマントルコ時代に再建されたものだそうです。
現在の城壁には市街に入る門が8つありますが、その中に誰も入ってこられないように塞がれている門が一つありました。アーチになってくぐれるはずの門は完全に閉ざされ、奇妙に思えました。この門は、ちょうど、ゲッセマネの園から目の前に見えるのです。
あとで調べてみますと、それは閉ざされた門とか黄金の門と呼ばれている門で、イエス様がホサナの歓声に迎えられてエルサレムに入城した位置にありました。実際にイエス様が潜られた当時の門は2000年前に一旦壊されていますので、「これがその門です」と言えないのが残念なところです。
再建されたその門がなぜ塞がれているのか調べてみますと、世の終わりの時、救い主がここを通る、と言われている門であることがわかりました。そして、それを阻止するために、イスラム教徒の人々はわざわざ城壁を復元した上で塞いでしまったのだそうです。
世の終わりの時、再びイエス・キリストがここを通るとき、それは裁きの時であり、イエス様を信じない人々にとって滅亡の時です。それを少しでも先延ばししようと、門の入り口を埋め立てたそうです。それを知った時、私は「イエス様を怖がって通せん坊するくらいなら信じればいいのに」と単純に思ったものです。
と同時に、イスラム教の人は良くも悪くも、本気で救い主イエス様の存在を信じて恐れているのだなあ、とも思いました。
これから始める新たな年、この場所で、私たちは共に神様を礼拝し聖書と祈りを通してその御心に触れてゆきます。そして又、救い主イエス・キリストを礼拝してまいります。ここで私たちが主イエスを礼拝する時、イエス様が一人一人の心の門をくぐって入って行かれます。一人一人の心が本気でそれを喜び迎えるエルサレム入城となりますように。主に感謝を持って、クリスマスを迎える準備をしてまいりましょう。
いよいよ待降節(アドベント)に入りました
世の中はとっくにクリスマスムードですが(^^;)
教会はクリスマスの四週間前から、という
決まりを守って飾りつけます
今日は今年の礼拝堂の飾りをご紹介
今まで飾っていた小さなベルに
幼稚園から頂いた丸い飾りをくわえ
仕上げにツリーの箱の中に眠っていたリボンをくわえてみました
すっきりと素敵なクランツです
決して豪華ではありませんが
素敵なクリスマス準備が整いました
十字架の下には小さな馬小屋と聖家族
次の機会に大きめの写真を載せようと思います
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