聖餐式・四旬節第5主日礼拝(2025年4月6日)(紫)
イザヤ書43章16―21節(旧 1131)
フィリピ3章4b―14節(新364)
ヨハネによる福音書 12章1―8節(新191)
本日の聖書箇所「ベタニアで香油を注がれる」というエピソードは、マタイ福音書とマルコ福音書にしっかりと記されています。マタイは非常に高価な香油とだけ記していますがマルコとヨハネははっきりと「ナルドの香油」と記しており、本当に高価なものだったことがわかります。また、余談ですが、ルカ福音書には全く違う状況で一人の女性がイエス様の足に香油を塗る、という記述があります。
ヨハネ福音書では「ナルドの香油」について詳しく書かれていて、量は1リトラ、今の単位に換算して326gだそうです。値段は安く見積もっても150万から300万円くらいの価値があったようです。女性の嫁入り道具の一つとして、親が娘に与えることが多く、いざという時に使うものであり、マルコ福音書に書かれているように香油の壷ごと壊して一気に使うということは、まずあり得ません。
ですからマリアの使い方を見た人々は何事が起こったのかと驚いたのです。特にイエス様を裏切ることになるイスカリオテのユダが「どうして、そのような無駄にするのか」と怒る様子は「どの口が言うのか」とも思います。その上ユダは「なぜ、この香油を3百デナリオンで売って、貧しい人々に施さなかったのか。」という具体的な使い道を示したほどでした。
ユダはイエス様の弟子集団の会計係をしていたらしく、ここには使い込みをしていた、とも書かれていますが、感謝の捧げ物以外に収入のなかった弟子集団が裕福だったとは思えませんので、ユダなりに苦労はしていたのでしょう。
少し話は飛びますが、それはキリスト教が成立してからも同じことで、信仰の仲間同士、互いに持ち物を売り払って得た収入で貧しい者たちの生活を守り、殊に、戦争や病気等で、夫を失ったやもめやその家族を守るという働きが定着し、やがてそれは初代教会のキリスト教の事業として運営が始まりました。
誰もが必要な働きだとは理解していましたが、運営が苦しければ揉め事も起き、お互いの信仰を非難しあったりして教会の秩序が保てなくなったほどです。
お金というのは、時として、人の人格を変えてしまうことがあります。謙虚な人を傲慢にし、思いやりのある人を残酷な人間に変えてしまうことすらあることを、私たちは知っています。
キリスト教の初期にも、そういった人々はいました。せっかく信仰によって救われたにもかかわらず、富があることで人を見下し、イエス様の教えを自分勝手にを解釈し、キリストに成り代わって、あなたたちを救ってやるんだという態度を取ろうとするのです。貧しい人に自分のふところが痛まない程度の適当な施しをして、自分の正しさを誇示するような程度の低いキリスト者に成り果ててしまうのです。ですからパウロの残した手紙やルカの記した使徒言行録にはキリスト教の分裂を防ぐ方法の一つとして、正しい富の用い方が何度も出てくるのです。
話が後先になりましたが、この出来事の舞台となったベタニアの家とは、重い病気で一度死んだラザロがイエス様の奇跡によって蘇らせていただいた場所です。
その家には、ラザロの姉妹であるマルタとマリアも共におりました。この二人の名前を聞けば多くの方が「ああ、あの家ね」と思うでしょう。ルカ福音書の10章だけに書かれているお話で、マルタが「私ばかり食事の支度をさせてマリアは座ってイエス様のお話を聞いている、不公平だ」と怒り、イエス様に教え諭される、と言う出来事です。
ヨハネ福音書に記されているこの日もマルタは変わることなく給仕をしていました。おそらくこれが自分の役割と信じ、不平を言うことなく続けていたことでしょう。その時、姉妹であるマリアは給仕を手伝うのではなく、300万もする香油をイエス様に注いだのです。
マリアはイエス様に対し、ラザロを蘇らせてくださったことで深い感謝と尊敬を抱いていました。一度死んだラザロが再び生きるようになったのは、イエス様がは命を与える力をお持ちの方、救い主だから、そう確信したマリアは、自分の持ち物の中で最も大切な香油を惜しげもなく注ぎ、この部屋に良き香りで満たされることで感謝と信仰を表したのでしょう。
イエス様はマリアの奉仕には感謝の他に、それ以上の意味はないとわかっておられたでしょう。しかしすでに十字架で死ぬ覚悟を決めておられたイエス様にとって、これは特別な奉仕の業となりました。ご自分が罪人として裁かれ、遺体となって墓に横たわるとき、ユダヤの習慣に従って香油を塗ってくれる人などいないに違いない、とも思っておられたことでしょう。
どれほど覚悟を決めたとはいえ、たとえ三日目に蘇るとわかっていても、それは非常に孤独なことでした。だからこそ大切な香油を惜しげなく注いでくれたマリアに深く感謝されたのです。同じ出来事を記したマタイ福音書では「世界中どこでも、この人のしたことも語り伝えられる」とまでおっしゃったのです。
現代は、イエス様や聖書の御言葉を聞いて感動したり元気になったとしても、自分の最も大切なものを捧げて感謝する、といった「命の恩人」という思いには繋がりにくいようです。洗礼式に臨んでも「私はイエス様によって救われました」と告白する人も少なくなったように思います。
世界の歴史では教育事業も社会福祉事業もキリスト教の精神によって発展していった多くのものが、今ではビジネス事業となり、儲からなければいつでも切り捨てられます。キリストの香りは、いつからか腐った油にも似た香りに飲みこまれるようにも思います。
けれども、私達はそうであってはならないのです。キリストの香りを伝えるものとして、主の教えを愛し、この地上に凛として立ち続けてまいりましょう。神の思い、イエス様の思いに触れる礼拝から、部屋いっぱいにナルドの香油が香るような、教会と幼稚園でありますように、一人一人が励んでまいりましょう。
飯田のソメイヨシノもようやく咲き始めました
飯田市内には至る所にお寺があって
それぞれに一本桜が植えられています
その昔、飯田藩主が市内48の寺に桜を植えたことに由来する
名桜や古桜が多く残されているのだとか
今借りている家の近くには桜並木もあって
教会の周りを少し散歩するだけで
たくさんの桜に出会えます
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飯田の一本桜の一つ 仮の礼拝堂の近くにあって 家並みの向こうからもよく見えるほど 大きな桜です |