2017年3月10日金曜日

「随筆集『きさらぎ』」伊藤靖子著

―最近読んだ本からー
「随筆集『きさらぎ』」伊藤靖子著
                発行 2016123日    
                発行者 伊藤文雄
                印刷所 株式会社オーエム
                Yasuko Ito 2016,printed in japan 
この書は、わずか100ページほどの随筆で、各随筆は、見開きの2ページずつで書かれており、文字も大きくて読みやすくメリハリのある文章で構成されている。伊藤靖子氏は、伊藤文雄牧師夫人である。
うしろのプロフィールを見ると、1939年生まれとあるから、戦前戦後の厳しい時代を歩まれたことが、窺われる。お父様が、戦前には軍馬を育てたりする獣医のような方であって、後には学校の先生らしく、ご一家は東北や九州へと転居も何度かなさっている。
幼いときからの思い出を、随筆としてものされているが、その記憶力のよさには驚かされる。そして、その文学的素養は、幼いときからの持ち前の素質と物を真っ直ぐに見つめる賜物から育まれたのであろう。
一編一編の随筆は、戦後10年で、愛媛の田舎の南予に生まれた私にも、懐かしく思い起こされる風景や植物、食べた野苺などの食感等忘れていた、戦後に共通であった、特に地方の生活の原風景を想起させられるものが幾編もある。
大学時代には、登山部に属し、北海道や、アルプス、のちに富士山などに登った体験も、昨日のことのように鮮明に記されている。
結婚されてからは、生まれてきた子供さんたちの育児のこと、楽しかった思い出、いろいろなエピソードや印象が、愛情こまやかに回顧されている。
日本の戦時下あるいは戦後から復興にかけての日本人の幼年期や少女時代、青年期を送った人々の共通の思いがここに凝縮されているように感じられた。

その後半には、アメリカに、ご主人の伊藤先生の留学や定年後の赴任で一緒に行かれたときのさまざまなエピソードも、ちりばめられている。私は、アメリカにはまだ一度も行ったことがない身だが、アメリカについて中学生頃から抱いた強いあこがれが間違ってはいないのだと改めて思う。伊藤文雄先生の交際した、恩師であり、先輩の宣教師だった先生やや友人のご家族との触れ合いや、子供さんやお孫たちが訪ねてきた時の楽しい思い出も印象深い。七十七歳を迎えてのあとがきには、この年月のさまざまな瞬間は「私の近づきつつある終わりと共に消えていくでしょう」とある。それは残るものではあるまいか。

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