聖霊降臨後第22主日礼拝(2025年11月9日)(緑)
詩編17編1―9節(旧)
Ⅱテサロニケの信徒への手紙2章1―5節、13―17節(新381)
ルカによる福音書 20章27―38節(新150)
説教「神の愛と赦しの中」 朝比奈晴朗
本日福音書にはサドカイ派という人々が登場し、イエス様に論争を挑みます。イエス様とやりあうといえばファリサイ派が思い浮かびますが、サドカイ派はファリサイ派とは立場も考え方も違います。
ファリサイ派は律法を守って生きることを何より大切にし、それが神様に喜ばれることであると信じ、一般民衆にもそれを求めました。律法の教師として、また政治家として、社会に強い影響を与えていました。いわば歩くルールブックのような人々です。
一方ここに登場するサドカイ派というのは、貴族階級で先祖代々神殿に仕える人々でした。大祭司はこのサドカイ派から選ばれました。
ファリサイ派とサドカイ派の大きな違いは、ファリサイ派は天国や復活を信じていましたが、サドカイ派は死者の復活や死後の世界は信じなかった、ということです。
復活についての考え方は、聖書学者たちの長年の研究のうちに「神様の御心」として理解され、定着したものでした。しかしサドカイ派は「神殿があればそれで良い」と考え、「モーセ五書」と言われる旧約聖書の冒頭にある5つの書物、創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記だけを信じ、聖書全体を掘り下げて学ぶことをせず、単純に「モーセ五書に書かれていない」という理由で復活を否定したのです。
しかしイエス様は多くの人々に神様や天国の話をされ、人々の心を捉えていました。その中には神殿にろくに献金できない貧しい人々や罪人と呼ばれる人々も含まれていました。裕福ななサドカイ派の人々にとって貧乏人は目障りな存在でしたから、イエス様の動きそのものが目障りだったのでしょう。
そこでユダヤ民族が大切にしてきた律法の中からレビラト婚という掟を持ち出し、論争を挑んだのです。この掟は、子どもがいないまま夫が死亡した場合、その妻が死んだ夫の兄弟と結婚し、血を絶やさないようにする、という決まりです。しかし彼らがたとえとして出したのは、7人兄弟全ての妻となるというような非現実的なケースです。死者が本当に復活したら困ったことになるだろう?というような、極端な例を出したのです。
復活も天国も信じず、貧しい人々を顧みることもなく、神様の思いそっちのけで神殿でただ誇らしげに振る舞い、かと言って清廉潔白ではなく保身のためならローマとも手を組む。そんな彼らに悔い改めを求めるために、イエス様はこの滑稽な問答にあえて付き合ってくださったのでしょう。
イエス様は、サドカイ派がモーセ五書しか信じないことを知っておられました。とはいえ深く研究しているわけでもないと知っておられました。ですから、ズバリ「死者が復活することはモーセ五書の中にも書かれている」と指摘することで無益な論争を終わらせたのです。
この復活についての問答は、マタイ福音書、マルコ福音書、ルカに福音書にも記されています。ただその結末の言葉がそれぞれ違っていて、マルコは「あなたたちは大変な思い違いをしている」、マタイは「群衆はこれを聞いて、イエスの教えに驚いた」そしてルカは「そこで、律法学者の中には、「先生、立派なお答えです」と言う者もいた。彼らは、もはや何もあえて尋ねようとはしなかった」とあります。
これはそれぞれの福音書が書かれた時代を反映していると言われています。福音書は一斉に書かれたわけではなく、イエス様が天に帰られた後、おおよそ100年間にわたって別々に書き記されたとの研究があります。この100年の間に、イスラエルも、その首都エルサレムも大きく変化していきます。
簡単に申しますと、イエス様の活躍した時代から30年ほどたちますとローマ帝国との戦いが起こり、エルサレム神殿は陥落、ユダヤの民は国を追われてしまいます。そして、神殿の消滅と共にサドカイ派が滅びてしまったのです。
神殿もなくし、復活信仰もない彼らは、自分達の存在意味を失ったのでしょう。一方律法の学びと教えを中心としていたファリサイ派は苦難の中を生き延び、ユダヤ教の正統派として現在も存在しています。
神殿とサドカイ派が滅びたことは当時のユダヤ人たちに強いメッセージとして響いたことでしょう。どれほど立派な神殿があっても神様の愛や赦しは伝わらないのだ、では私たちは何を重んじるべきか、と考えた結果、福音書には著者それぞれの書き方で記されたと考えられます。
さて、イエス様の時代から2000年が過ぎ、その間にキリスト教の礼拝もさまざまに変化していきました。神様の愛や招き、赦しをより多くの人々に伝えようとして、儀式やしきたりを重んじ過ぎた時もありましたし、学問偏重主義に走ったこともありました。今も何が正解かわからないままに様々な形のキリスト教の礼拝の形が存在しています。
私たちルーテル教会も典礼主義という側面を持っています。「歌う教会」と言われたこともあり、先々週の宗教改革記念礼拝では、中島先生が考案した式文を用いて礼拝に預かりました。
しかし高齢化に伴い、連続して歌うことに困難を覚える教会もあり、同じルーテル教会でもほとんど式文は使わない教会もあります。ルーテル以外では、牧師が聖書の解釈に心血を注ぎ、信徒に分け与えることを重んじる教会もあります。
おそらくどの形も絶対ではなく、集まる人によって変化することは、神様の愛と赦しの中で認められています。私たちはまず第一に福音をどう伝えていくのか考え続けましょう。もし赦された心と愛の心があるなら、必ずこの場所が、神様の存在を感じられる場所として、多くの人が集って来るのを、私たちは見ることになるでしょう。
昨日8日(土)は幼稚園と教会のために
チャリティコンサートが行われました
歌ってくださったのはタテタカコさん
地元飯田出身のミュージシャンです
ルーテル飯田幼稚園の卒園ということで
名古屋のキリスト教者会館の方に繋いでいただき
この度実現しました
諸般の事情でライブ中の写真は掲載できないのが残念です(><)
せめて牧師がレゴブロックでPRのために作った
ライブのイメージ作品と、当日のポスターをご覧ください
タテさんのオフィシャルFBには礼拝堂で歌ってらっしゃる
写真が1枚掲載されていますので
よければご覧ください(教会のFBにもシェアさせていただきました)
お近くの皆さま、どうぞお越しください


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